「物凄い感覚」 ボランティアがサッカーW杯ロシア大会での活動を語る

サッカーW杯ロシア大会では、1万7千人を超えるボランティアが働いた。ボランティアたちの間に若者だけでなく、既にボランティア運動のベテランとなったいわゆる「銀髪の年齢」の人々もいたことに、スプートニクは心地よい驚きを覚えた。だが、まず最初は、ボランティア活動の経験が人生で初めてだった人から始めよう。
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最初に語ってくれたのは、学生のエリザヴェータ・ザイツェワさん。

エリザヴェータ・ザイツェワさん

スプートニク: 今はどのような感情を抱いていますか?軽い寂しさでしょうか、それとも逆に、一休みする時間が訪れたという安堵感でしょうか?

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エリザヴェータさん: どんな疲れも難なく忘れてしまいます。ボランティア活動は強い感情と鮮やかな印象をたくさん与えてくれますから。このような感情や印象を忘れて何か別のものと交換することは不可能です。私個人としては、もう今、郷愁と寂しさを感じています。そして、勉強以外の自由時間にもっと多くのことをしていこうと考えています。

スプートニク: ボランティア運動にはどのような経緯で参加したのですか?

エリザヴェータさん: 既にソチでの五輪の時から、私はボランティアになることを夢見ていました。本当に、W杯というものは、全てのものが混ざり合う感情の万華鏡ですね。私たちの国に観客の皆さんが滞在しているという喜び、私たちの代表チームが勝利した時の歓喜、そして代表チームが敗れた時の涙。W杯の要人のゲストでさえも、普通のファンと同じように喜んだり、心配したりしていました。VIPゾーンで飛び跳ねたり、テーブルを叩いたり、自分たちの国の歌を歌ったりすることも、時々ありました。それは感動的でした。何だか、子供のようでもありました。

スプートニク: W杯には、大勢の要人のゲストがやって来ました。有名人と一緒に自撮りをしたいという願望を抑えることはできましたか?

エリザヴェータさん: ゲストの人たち自身が一緒に写真を撮ってもらうよう、私たちに頼んできた場合だけです。私たちは、そのようなお願いをしてゲストの人たちに迷惑をかけないよう、自分たちの側から努力していました。あのディエゴ・マラドーナでも、他人の関心から離れて休憩し、風景をただ満喫したいと思っていると分かっていたからです。彼自身は本物のサッカーレジェンドですけれども。それに、要人のゲストの多くが、マラドーナと知り合いになってちょっと話をしたいと思っていました。

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ボランティア
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スプートニク: W杯では、どの日が最も嬉しい、そして記憶に残る日になりましたか?

エリザヴェータさん: ロシア代表がモスクワでスペインと試合をして勝った日です。私たちの代表がゴールを決めた時には、ほとんど8万人の観客の歓声が聞こえていました。私は初めて、幸せな気持ちから泣きました。私たちの代表が大会の次の段階に進出したという幸福感からです。試合は遅い時間で、もう夜明けには眠り込んでしまいましたが、私はとても幸せです。こんなふうに、ある幸福な一日として、私はW杯を思い出しています。

私たちに次に話をしてくれたのは、長い活動歴を持つボランティアのオリガ・クージナさん。オリガさんは62歳で、同僚からはボランティア活動の「五輪レジェンド」と呼ばれている。というのも、オリガさんはボランティアとして、既に1980年のモスクワ五輪から参加し、2014年にはソチ五輪でも働いたからだ。

オリガ・クージナさん

スプートニク: オリガさん、複数の言語を知っていること以外に、どのような資質がボランティアにとって大事でしょうか?

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オリガさん: 最も大事なことは、手伝ってあげたいという願いです。それに、前向きな気持ちと寛容な心です。人の話を最後まで聞く力がなければいけませんし、もし必要であれば、同じ説明を何回か繰り返すことができる忍耐力を持っていなければなりません。そしてもちろん、チームの中で働ける能力です。今はもう、ボランティア活動が私の生活様式になっています。

スプートニク: では、ボランティア活動はあなた個人に何を与えているのですか?

オリガさん: 若い人たちに混じっていると、私は年齢のことを忘れてしまいます。私にとって、これは純粋な、前向きな感情です。瞬間的に、どんな問題でも忘れられるのです。仕事が恋しい人全員に、「銀髪の年齢」のボランティアたちでつくる私たちのチームに加わるよう、私は呼びかけます。私たちは、100歳までの人はみんな受け入れています。

スプートニク: W杯の後は、多分、日常生活に上手く戻ることが難しいでしょう?

オリガさん: それはその通りです。このようなお祭りは長い間、忘れられることはありません。私の1日の仕事が終わって家に帰る途中でさえ、地下鉄や電車は有り余る喜びとポジティブさでいっぱいでしたから。もし誰かが言葉を知らなくても、人々はとにかく、交流したり良い気分を分かち合ったりする方法を見つけていました。もし、あるエスカレーターで何かの歌を歌い始めたら、続いてその歌を向かい側のエスカレーターで多くの人たちが歌っていました。私は若い世代ではありませんが、私にとってさえもこれは物凄い感覚でした。

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