ロシアの日本人俳優・木下順介さん、熾烈なオーディションで数々の役を獲得「この二年で、山を越えた」

ロシアの演劇界で、8年前から俳優兼映画監督として活躍する木下順介さん。映画祭の審査員、プロデューサー業など、様々な役目をマルチにこなしている木下さんだが、この2年間で役者としての仕事が飛躍的に増え、ロシアに根ざす役者としての足元が固まった。先人なき道を行く、木下さんの活躍に迫った。
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昨年放送されたコメディドラマ「ホテル・エレオン」では、ダッチワイフをスーツケースに入れて世界を旅する男を演じた。また今年に入ってからは、10年近くも続いている人気コメディドラマ「ヴォローニンの家の人々」に出演した。こういったコメディは視聴率も高く、行く先々で声をかけられることが増えた。

木下さん「『ヴォローニン家の人々』にはインド人の役で出ました。これはドラマですが、1つ1つのシーンが長く、舞台と似ていました。長く出演しているレギュラーメンバーの間で馴れ合いもなく、新しく来た僕にも、きちんと接してくれました。皆さんセリフも完璧に覚えて現場入りしていましたし、長続きする番組はやはり違う、と感心しました。テンポのよい『間』があって、そこにネイティブスピーカーではない僕が入っていき、合わせていかないといけません。そういう緊張感は久しぶりで、心地よく感じました」

またこの夏、話題のユーチューバーであるマリヤナ・ローのビデオクリップに出演したことも、木下さんの露出に拍車をかけた。マリヤナ・ローのチャンネル登録者数は660万人以上で、ロシアの若者の間で絶大的な人気を誇っている。木下さんは、韓国系の女優と、日本人の夫婦という設定で共演した。ただしその映像には、あるハイブランドの商品が使われており、ブランド側からクレームが来たために、映像は数日でお蔵入りになった。しかしそのことでかえって、映像が希少価値のあるものになり、話題性が増した。
現在はテレビドラマの撮影中。日露戦争当時に活躍した陸軍軍人で、諜報活動をこなしていた明石元二郎の役で出演する。この撮影は来年3月まで続く。それと並行し、自身が監督する作品の準備も進めている。

上に挙げた役は、すべて木下さんがオーディションで勝ち取ったものだ。明石元二郎のように日本人の役もあるが、「厳しい上司の役」というように、民族や外見が関係ない場合も多い。むしろ、ロシアは多民族国家なので、東洋人が必要なら「それらしい」外見の人はいくらでもいる。日本人であることがプライオリティにはならない中で、あらゆるライバルたちと戦っているのだ。

木下さん「戦いは熾烈ですよ。指名オーディションとなると、まずは呼んでもらわないといけないので、そこに呼ばれることがまずは第一関門。オーディションに行ってみれば、有名な人ばかりだったりします。実際、受かったり落ちたりとなかなか大変ですが、これだけの作品に出演できたことは、嬉しいです。ロシアへ来た当初はアジア人の役ばかりでしたが、今では全然関係ない役をもらえますので、アジア系俳優を脱した、ロシアの俳優としてやっていく、という意味で『山を越えた』と思っています。ライバルはロシア人です」

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ロシアでは演劇大学を出ていないと俳優になれないので、そもそも俳優の絶対数が少ない。木下さん自身も全ロシア映画大学の出身だ。二世、三世の俳優も多いが、親が実力俳優であれば子も実力俳優であるケースが多いという。単に親の七光りでは、やっていけないのだ。俳優は、バラエティ番組に出たり、番組宣伝をする必要もなく、ひたすら演技力を上げるために精進する。日本の芸能界のように事務所主導で営業活動が行われることもなく、事務所はあくまで出演条件や出演料の交渉、契約関係の手続きを手伝ってくれるだけだ。

木下さん「役者は役者の仕事だけで売れていきます。だからこそコツコツやらないといけません。ロシアでは日本のようにブランディングよりも演じる能力、経歴が面白い人よりも役者の仕事そのもののキャリアが重視されます」

木下さんが最近特に心がけているのは、芝居の呼吸だ。やはりネイティブではないため、放映の際にセリフが吹き替えされることが多い。そういう場合に備え、吹き替えの声と口が合うように、あえてロシア人と同じスピードでセリフを話している。

木下さん「少々発音が悪くても、意味が通じれば良いので、同じスピードで芝居をするように心がけています。すると、相手もやりやすいんですよ。芝居の呼吸をこわさないのが大事なことです。後でオンエアされたものを見ると、声がぴったりとはまりすぎて、吹き替えだと気づかないこともあるくらいです」

ロシアで演劇を学ぶ日本人の中には、日本に戻り演劇を続ける人もいれば、演劇をキーワードにコーディネーター業をしたり、日露の架け橋となる人もいる。しかし木下さん自身は、仲介人となるよりも、自分が演じたり作品を創ったりすることにより強いこだわりがある。木下さんは「アジア人の枠にとらわれず、幅広い役を演じるという山を越えたことで、監督、そして役者として、ロシアで極めていこうという気持ちが高まりました」と力強く話してくれた。

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