日本の識者に聞く:混迷極めるベネズエラ政治を徹底分析、民主主義を守る戦いか、それとも内政干渉か?

1月10日、インフレに苦しむ経済破綻寸前のベネズエラで、ニコラス・マドゥロ大統領が二期目の就任式を行なった。その直後の23日、反政府派であるフアン・グアイド国会議長が、「マドゥロ氏を大統領とは認めない」として、暫定大統領への就任を宣言した。ベネズエラは二重権力状態になり、内戦への不安も囁かれている。スプートニクはベネズエラ政治に詳しい二人の日本人専門家、ジェトロ・アジア経済研究所の坂口安紀氏と、ラテンアメリカ研究者の新藤通弘氏に話を聞いた。本稿では二人の相反する意見をご紹介しよう。
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  • なぜ政情不安に陥ったのか?

ベネズエラの政情不安をもたらした要因について、坂口氏は「国民の怒り」だと指摘する。

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ベネズエラの政変
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ベネズエラの政変

坂口氏「原動力となったのはベネズエラ国民の爆発的な怒りです。人口3000万のうち1割にあたる300万人もの人々が、過去3年間で祖国から逃げ出しています。170万パーセントのインフレ、食料や医薬品の欠乏、国内政治に反発すれば政治犯として逮捕される。そんな状態で、マドゥロ氏に対する国民の不満はきわめて高いです。マドゥロ氏の二期目就任を拒否しグアイド氏を支持する反政府派市民の集会には街を埋め尽くす人々が集結しており、世論調査でもグアイド氏の暫定大統領就任を支持する人々が約8割、マドゥロ氏の二期目就任を支持する人々は2割以下という結果が示されています」

新藤氏は、一連の出来事は、ラテンアメリカの反米勢力を一掃したい米国によって、計画的に仕組まれたと話す。

新藤氏「2002年のチャべス政権に対するクーデター未遂の時代から、ベネズエラと米国の対立はずっと続いており、今回の件もそれの延長です。米国は、ベネズエラを皮切りにキューバ、ニカラグア、ボリビア、エルサルバドルといった反米勢力を一掃する考えで、ベネズエラだけ見ていては本質は見えません。トランプ政権には、過激な南米政策を担当するキューバ系のマルコ・ルビオ上院議員に加え、ボルトン補佐官、ポンペオ国務長官といったタカ派が揃い、彼らはベネズエラに対して『許せない』という気持ちを持っています」

  • マドゥロ氏は、果たして今も「大統領」なのか?
マドゥロ氏

この根本的な問いの答えは、2018年5月に行なわれた大統領選の正当性をどう評価するかによる。マドゥロ氏は、チャべス前大統領亡き後2013年4月の大統領選で勝利。この選挙による任期は2019年1月10日までだった。それに続く2018年5月の前倒し大統領選で勝利し二期目に突入したが、この選挙の正当性と根拠については真っ向から意見が対立している。

日本を含む、米国、ブラジル、カナダ、アルゼンチン、ペルーといった国々は、選挙の正当性が認められないとし、選挙結果は無効だと主張している。坂口氏もまた、マドゥロ氏が大統領であるという法的根拠がないため、公式には大統領は「不在」だと指摘する。

坂口氏「今回の件はマドゥロ大統領に対するクーデターという見方はあたりません。昨年5月の大統領選挙は、以下述べるように民主的選挙の最低基準をも満たさない状況でマドゥロ政権が強行したものであったため、国内反政府派および日本を含む国際社会の多くがその正統性を認めていません。そのためマドゥロ大統領の任期が切れた1月10日以降は、正統に選挙で選出された大統領が不在ということになりました。憲法第233条第2項は、大統領が不在な状況に陥った場合は国会議長が暫定大統領に就き、30日以内に大統領選挙を実施すると規定しているため、国会がグアイド氏を暫定大統領に任命したものです。

昨年5月の大統領選挙が民主的でなく正統性が認められないのは、マドゥロ政権が反政府派の候補者となることが目される主要な野党リーダーのほぼ全員を政治犯として投獄、逮捕を逃れて亡命、公職追放など、立候補できない状況に追いこんだうえで実施したからです。そのため反政府派はこれをボイコットしました。チャベス、マドゥロ両政権下では、憲法の規定に反して、国家権力の分立や独立性が損なわれており、選挙管理委員会、司法、検察などすべての国家権力をチャベス派が支配しているため、このような選挙の実施が可能なのです」

トランプ氏、ベネズエラへの米軍派遣も検討
マドゥロ氏は2017年8月に、国の最高機関として制憲議会を設立。野党が大多数を占める国会の立法権を剥奪し、制憲議会にその権利を移した。チャベス派が支配する最高裁判所もそれを承認する形で、従来の国会の決定は今後、全て無効であると宣言した。今回、マドゥロ氏が本来憲法で定められている国会ではなく、最高裁で宣誓就任したのは、そういったいきさつがあったためである。

いっぽう新藤氏は、諸外国が選挙結果を否定することは内政干渉にあたり、「ベネズエラ野党は自らの合意を自ら否定している」と指摘する。

新藤氏「選挙のやり方をめぐっては前年から与野党間で交渉があり、2018年2月にいったん合意しました。しかし、合意に署名する段になって、米国大使館から横槍の電話が入り、反故になりました。この事実については、与野党間の仲介の労をとったスペインのサパテーロ元首相の証言もあります。選挙が不当だったと言うならば、野党は、自分たちが合意した内容を自分たちで否定することになります。米国から邪魔された後、野党の中でも、やはりボイコットではなく選挙に参加するべきだという意見も出て、最終的には候補者が立ちました。結果、マドゥロ氏への反対票として200万票が投じられました。反政府派が『あれは不当選挙だった』と言うのは、自分たちの支持者200万人を愚弄することにもなります」

  • マドゥロ氏は権力の座に残るのか?
マドゥロ氏支援のプラカードを持つ女性

マドゥロ政権を支持しているのは、ロシア、中国、トルコ、12月に急進左派政権が誕生したメキシコなどだ。マドゥロ氏の二期目の大統領就任式にはキューバ、ニカラグア、ボリビアなど、小国の首脳が出席するにとどまった。

ロシア大統領府、グアイド氏のメッセージ受け取ってない
坂口氏「マドゥロ氏がどれほど大統領の椅子に座り続けられるかは、軍のサポートをいつまで受けられるか、中国やロシアの支援を受けられるかによります。ここまで経済が疲弊しているのに政権を維持できたのは、軍に対してバラまき政策を展開し、軍人を取り込んできたからです。しかし、軍人に多くの大臣ポストをあてがったり、石油産業や企業経営の知識のない軍人を国営石油会社の社長に任命するなどした結果、ベネズエラの石油生産量はわずか一年で半減しました。経済危機で軍人らへのバラまきは減り、中級以下の軍人たちの生活も一般市民同様に厳しくなり不満は高まっています。この状況下で、反政府派が支配する国会は『恩赦法』を全会一致で可決しました。反政府派は『民主主義の回復を支持する軍人は、今までの罪は問わない。マドゥロ政権から離れろ』というメッセージを軍に送っているのです。軍人のなかにも、政権交代が起こる可能性が高いなら、保身のためにグアイド氏側への寝返りの可能性を考えて様子を見ているものも少なくないと思います。またチャベス大統領が海外からの借入れを大きく拡大させたため、マドゥロ政権は毎年100億ドル前後もあるその返済義務に苦しめられています。外貨準備高が100億ドルに満たない状況で、すでに債務の大半は支払いが遅れています。中国やロシアに新たな借入れを要請し、新しい借金で古い借金を返してきていたのですが、中露からの借入れもすでに支払いが滞っています。両国が債務支払いを猶予し、加えて新たな資金提供をしなければマドゥロ氏は経済的に八方ふさがりになります」

新藤氏は、二重権力という表現は誤りで、国の機関の大部分を実際に押さえているのはマドゥロ氏だと話す一方、政権の寿命は米国次第だと見ている。

新藤氏「この問題を論じるには、ベネズエラの権力構造を理解しておく必要があります。ベネズエラの権力は立法権、行政権、司法権、市民擁護権、選挙管理権と、五権から成っていて、互いが牽制しあう仕組みです。グアイド氏は今のところ、行政権のうちの一部を米国の後押しで手に入れたにすぎないので、名実ともマドゥロ政権が成り立っています。しかし、それが続くかどうかは、米国の執念の問題です。米国は強大な力を持っていますから、どうしてもベネズエラをつぶそうとすれば、人道支援という名目で米国から流れる資金が軍の一部にも流れ、反マドゥロ派が出てきて軍は分裂するでしょう。すると国も分断され、内戦になる可能性があります。グアイド氏はそこまで考えていないので無責任です。むしろ米国は、世界の色々なところで同じことをしているわけですから、内戦も覚悟しているでしょうね」

  • 「暫定」大統領、グアイド議長の評価
グアイド氏

暫定大統領の就任宣言をするまでは無名だった、35歳の若き政治家グアイド氏。国会議長は1年ごとの輪番制で、2019年はグアイド氏の属する「大衆の意思」党が議長を出すことになったが、党首はじめ同党の有力リーダーの多くは獄中や亡命して海外にいるため、グアイド氏が議長に就任した。

坂口氏は、グアイド氏の行動には正当性があり、彼が無名の存在だったことが、むしろプラスに働いたと指摘する。

坂口氏「先に説明したとおり、グアイド氏の暫定大統領就任は、1月10日以降の大統領不在という状況に対する憲法の規定にもとづくものです。彼の名前は現地でもほとんど知られていませんでしたが、そのことがかえってプラスになりました。反政府派は、過去において数カ月におよぶ全国規模の抗議行動を幾度も実施し、多くの反政府派市民がそれに参加し、その結果として治安当局との衝突で多くの犠牲が出ているにもかかわらず、反政府派の政治リーダーらはその力をうまく政権交代につなげられませんでした。反政府派政党連合の内部対立もあり、結果として反政府派の連合組織は分裂し、彼らに対する国民の失望感が高まっていました。ですから、反政府派の既存リーダーが国会議長に就任していたとしたら、グアイド氏ほどの求心力をもつことはできなかったでしょう。新しいリーダーである彼ならやってくれるかも、という期待が非常に高まり、年末までは弱まっていた反政府派勢力の結束が一気に高まっています」

いっぽう新藤氏は「グアイド氏は単なるマリオネット。最後は使い捨てられて終わるだろう」と批判する。

グアイド氏、ベネズエラの政権交代はロシアにとって有利
新藤氏「彼は完全に米国の操り人形ですよ。ポンペオ国務長官は、グアイド氏を暫定大統領として承認すると表明したとき、『彼は憲法233条に基づいて行動した』と述べました。第233条は大統領の『絶対的欠缺』(絶対的不存在)の場合はどうするか、を定めています。しかし本当にそうなら、グアイド氏は、暫定大統領を名乗った最初の宣言の時に233条を引用し、『大統領が不存在だから、自分は暫定大統領になる』と言っているはずです。しかし実際に彼が引用したのは憲法第350条でした。350条には憲法の精神を守らなければいけないという、漠然とした内容が書いてあります。その段階でもう、きちんとした準備をしていないことがよくわかります。第233条は、米国が後から強引に持ち出してきたもので、条文をよく読めば、現在の状況が大統領の『絶対的不存在』に当たらないことは明らかです。もしも、仮に233条に該当するのなら、30日内に選挙の手続きをしなければいけませんが、グアイド氏は選挙管理権を握っていないので不可能です。行政権の一部しか持たず、国内の法的基盤を持たないまま先走った行動をしたので、すでに色々矛盾が出ています。最高裁は29日、グアイド氏を国外に出すなと命令しました。彼が国外に出て、亡命政府を樹立するのを事前に阻止するためです。亡命政府が米国に介入を要請すれば、米国が軍事介入する正当な理由ができますから」

両専門家によるベネズエラ憲法の解釈は大きく異なっているので、読者のみなさん一人ひとりの判断にゆだねよう。

ベネズエラ憲法の和訳はこちら

ベネズエラは今後どうなるのか?両専門家とも、どこかのタイミングで大統領選挙の実施が必要だと見なしているが、そこに至るまでの道のりは平坦ではない。

坂口氏「現在、グアイド氏に非常に支持が集まっているので、もし大統領選が行なわれたとして、反政府派の統一候補として彼が立てば、彼がそのまま大統領になる可能性は高いと思います。ただし大統領選挙をやるというところまでもっていけるかどうかは不透明な状況です」

新藤氏「世論調査でも、国民の8割は与野党に対話してほしいと言っています。米国にも、日本のメディアにも、ベネズエラの主権はベネズエラのものであり、内政干渉してはいけないという視点が欠けています。メキシコ、ウルグアイ、カリブ共同体(カリコム)ならば、ベネズエラの主権を認めた上で対話を促し、選挙をやるように仲介するでしょう。与野党が対話の末に、もう一度選挙をしようと合意すれば望ましいことですが、現実には米国とのせめぎあいになります」

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