マリインスキー劇場別館に日本人の新星あらわる:加藤静流さん、ロシアバレエ界で堂々の主役デビュー

ロシアの芸術の殿堂・マリインスキー劇場といえば、文化の都であるサンクトペテルブルクを思い出すが、実はマリインスキーには「別館」がある。日本からも近いロシア極東のウラジオストクにある、沿海地方劇場だ。この夏、ドイツのキール劇場バレエから移籍し、ソリストとして迎えられたのが、日本人バレエダンサーの加藤静流(かとう・しずる)さん。9月には「ドン・キホーテ」でバジル役を演じ、今月には「海賊」のコンラッド、「くるみ割り人形」の王子でデビュー予定と、入団間もなくして次々と主役に抜擢されている。
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加藤さんは16歳のとき、若手ダンサーの登竜門であるスイスのローザンヌ国際バレエコンクールで5位入賞し、華々しいスタートを切った。これまでロシアとは縁のなかった加藤さんが、なぜロシア、それも極東のウラジオストクにやってきたのか?閉鎖的なロシアのバレエ界で、主役を踊れる実力をどうやって身につけたのか?加藤さんの歩みを追った。

「ローザンヌ入賞は、良い思い出じゃない」

ローザンヌ入賞後に加藤さんが留学したのは、カナダナショナルバレエスクール。実は同スクールは、早くから加藤さんの才能に目をつけ、何年も前から留学するように声をかけていた。しかし加藤さんはあえて、ローザンヌに出場した上で留学するという道を選んだ。

わざわざ「遠回り」したのは、息子にローザンヌに出てほしいという両親の昔からの夢を叶えたかったからだ。ローザンヌコンクールと言えば、出場するだけでも話題になる、憧れのコンクールだ。両親の夢はいつしか本人の夢になり、当時の加藤さん自身も「自分はローザンヌへ行く」と信じて疑わなかった。

加藤さん「実は今では、ローザンヌコンクールのことを何も覚えていないし、良い思い出でもありません。両親の夢を叶えたことで舞い上がり、鼻が高くなってしまったのです。自分の実力ではなく、先生方の指導のおかげで、ローザンヌに出て賞をもらえるレベルに『してもらった』ということに気がつくのに、すごく時間がかかりました。特に男の子は、大事に育ててもらえるというのもありました。」

カナダで見つめなおした「自分」

入賞の余韻を引きずり、ちやほやされた状態でカナダへ向かった加藤さん。コンクールに出て賞をもらう、という明確な目標がなくなり、踊るモチベーションも漠然としたものになってしまった。

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カナダに行ってみると、今までのやり方がなかなか通用しない。「基礎が足りない」と言われ続け、クラシックバレエ以外のダンスも、英語もできなかったことから、留学生活1年目は、閉じこもりがちになっていた。2年目になると、同級生の影響を受け、楽なほうへ、楽なほうへと流れてしまうようになる。ようやく3年目にして、自分のペースをつかみ、バランスがとれるようになってきた。

3年間のカナダ留学生活は加藤さんにとって、テクニックを磨くだけでなく、自分、そして自分とバレエとの関係を根本的に見つめなおす機会になった。紆余曲折がありながらも無事にスクールを卒業した加藤さん。プロになるため、カンパニーのオーディションを受けることにした。

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ドイツで芽生えたプロとしての自覚

ヨーロッパのオーディションツアーに参加したところ、2か所めのオーディションで、早くもドイツのキール劇場バレエの芸術監督の目にとまった。監督はちょうど、若くて元気で、クラシックバレエが得意なダンサーを探していた。

加藤さんは、入団1年目から主役を始めたくさんの役をもらい、舞台リハーサルのほか、体力作りのために毎日ジムに通った。ハイペースに活動しすぎて、ある日とうとう靭帯を切る大怪我をしてしまった。キール劇場バレエは小規模なので、一人が踊れなくなるとみんなに迷惑がかかる。2年目以降、自己管理には特に気をつけるようになった。

キール劇場バレエは、学びの機会が多い劇場でもあった。定期的に、マリインスキー劇場から来たゲスト講師から指導を受ける機会があった。講師は一番若くてやる気のある加藤さんに目をかけてくれ、加藤さんも、言われたことは何でもやった。イギリスの有名バレエ団の講師によるワークショップもあった。挙げるときりがないほど、良い出会いと環境に恵まれていた。

居心地のよいバレエ団から移籍するのは、並大抵の決意ではなかった。他へ移籍したら、こんなに古典バレエを踊らせてもらえないのでは?小規模なカンパニーだから、たくさん踊らせてもらえているのでは?という気持ちがあり、踏みとどまっていた。しかし、入団から5年が過ぎ、自分の成長のためにはこのままではいけない、次の経験をしなければと、ついに広い世界に出て行く決心をした。

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マリインスキーと思ったら…ウラジオストク?

インターネットで見つけた「マリインスキー劇場」という文字に魅かれ、オーディションに応募した加藤さん。行き先が、サンクトペテルブルクではなくウラジオストクだと気付いたのは、オーディションの許可が出た後だった。加藤さんは「色々な人に指摘をされて、ようやく気付きました(笑)ロシアには行ったこともなく、ビザが必要なことも知りませんでした」と苦笑する。

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長旅で疲れた身体で受けたオーディションだったが、芸術監督は「おもしろくてユニーク」という理由で加藤さんを採用した。実はキール劇場バレエの監督も、加藤さんのことを「おもしろい」ダンサーだと、全く同じことを言っている。加藤さん本人には、自分が「おもしろい」という自覚はないようだが、ユニークであることは、ダンサーとして大きな武器になるに違いない。

移籍した加藤さんを待っていたのは、ロシア流のハードスケジュールだった。入団直後に、2週間のサンクトペテルブルクツアーがあり、本場のマリインスキー劇場で踊ることになった。ツアーの初日にして準主役をあてがわれた加藤さん。4つの舞台でソリストとして出演し、快調なスタートを切った。

ホーム劇場であるウラジオストクで舞台デビューしたのは8月も後半になってからだった。この劇場では、配役は通常、本番一週間前に告知される。信じられないほど短い。加藤さんは「驚きはしましたが、これがこの劇場のペースなら、新しいことに慣れていかないと」と動じない。

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ロシア移籍に後悔はない。良いダンサーになる、ただそれだけ

ロシアに来て「ものすごく面白い人生になってきた」と話す加藤さん。豊かな海外経験のおかげで「困っていることは全くない」と断言する。ロシアには怖いイメージがあったが、実際はフレンドリーで、自分のことを認めてくれる仲間に囲まれている。と言っても、バレエ団の規模が大きいため、馴れ合いすぎることはなく、それぞれのダンサーが自分のペースを保っている。人の目を気にせずに、自分のペースでレベルアップしたい加藤さんにとって、この環境は好ましい。

「自分がだいぶ強くなったんだな、と成長を実感していますし、まだまだ自分はできる、まだまだここは通過点だ、という気持ちが持てることが嬉しいです。ロシアに来たことに後悔はありません。むしろロシアに来て本当に良かったです。これからはここで得られるものは全部得て、成長していきたいです。将来的に、もっと大きいカンパニーに行く、という目標は漠然とは持っていますが、一番近い目標は、良いダンサーになるということだけです。」

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ダンサーの出演情報チェックやチケット購入は、マリインスキー劇場別館の公式サイトから可能だ。来春には、日本航空および全日空がウラジオストクへの直行便を就航するため、よりアクセスがスムーズになる。ウラジオストクを含む沿海地方は、電子ビザ制度により、他のロシアの都市と比べて格段に行きやすくなっている。日本から一番近いヨーロッパで、ぜひ本場のバレエを鑑賞してみよう。

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