ロシア初訪問、大隅良典氏インタビュー:ノーベル賞受賞から3年、科学者として伝え続けたいこと

16 日から19日にかけてロシア・モスクワで行われた、最新の医療技術の紹介や市民の健康意識を高めるイベント「健康なモスクワ」の特別ゲストとして、2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した分子細胞生物学者の大隅良典氏(東京工業大学栄誉教授・大隅基礎科学創成財団理事長)が招かれた。大隅氏は17日、スプートニクを始め複数の露メディアのインタビューに応じたほか、他国の研究者との意見交換、公開講義を行なった。ノーベル賞受賞のきっかけになった「オートファジー」をテーマにした講義には市民がつめかけ、入場制限が行なわれたほどだった。
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2016年のノーベル賞受賞から丸3年が過ぎた。現在74歳の大隅氏は、東京工業大学の研究室で、現役で研究を続けている。ずっと研究を続けてほしいという声がある中、最近の大隅氏は、どのような形で研究を締めくくり、次世代に引き継ぐかを考えているという。

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大隅氏「研究を大事にしたいと思っていて、それが一番の優先事項ですが、ノーベル賞をもらってからとても忙しくなり、ラボにいられる時間が短くなっているのも事実です。ここ一年くらいは、どうやって店じまいをしようかなと考えています。自分の解きたい問題がどこまでできるか、次のジェネレーションに何を託したいか、そういうことが少しでも言えるようになると良いのですが。自分の能力、体力から言っても、おそらくあと数年で研究の第一線からは身を引くだろうと思っています。」


余裕が失われた日本社会で求められる「効率」は、科学と一致しない

自身の研究生活の最後を見据える大隅氏を不安にさせているのは、現代日本に蔓延している、若者を基礎科学に向かわせない雰囲気だ。

大隅氏「世界的に『基礎科学を大事に』ということが、若い人の意識から離れつつあって、日本でも博士課程に進学する学生が減っています。これは大変深刻な問題です。もっと簡単に大金持ちになれる方法があるんじゃないか?というのが若者のトレンドですし、日本では特に、真理を大事にしようという雰囲気が薄れてきており、とても心配に思っています。

日本の研究者の間では、『この研究はこんなに役に立ちましたよ』と主張しなければ、研究費がもらえない、という意識がすごく広がっています。しかし効率と科学は必ずしも一致しません。私は、科学は、最終的にはどこかで役に立つと思っていますが、短期間、例えば『3年間で役に立つ』ということを約束させるサイエンスというのはありません。知りたい、という欲求に基づく人間活動が、もう少し許される社会にならないといけない。研究者が自由であるということは、他の人たちも、それなりの余裕と自由を持っているということの証です。研究者がハッピーである社会は、多くの人がハッピーだと思える社会なのです。」

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ノーベル賞の功績がたった一人のもの、ということは絶対あり得ない

大隅氏はこれまで一貫して、研究に対して短期間での見返り・効率が求められるシステムや、研究者が長く落ち着いて仕事ができない環境、流行の研究にばかり予算がつくなどの問題点に警鐘を鳴らしてきた。

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大隅氏「私の世代の人間はみんな、自分達の時代のほうが生きやすかったと感じています。研究者になるということだけで言うと、今はとても難しい。昔は公費という形で全ての人がある程度の研究費をもらえましたが、今では競争に勝ち抜かないと研究者として生きていけません。もちろん発展する分野に研究費が集中するのは良いのですが、他の全ての分野から吸い上げて、一点に集中するというスタイルをとってはいけないと思います。残念なことに日本はそういう政策をとってきたので、研究者の労力が大変無駄にされていると思います。

もちろん全ての研究者が成功者になったら良いですが、科学はそういうものではないし、失敗したり、うまくいかなかった人も含めて、研究者の世界が存在しています。研究は一人でできるわけではなく、グループを形成し、コミュニケーションをとることがとても大事です。ノーベル賞をもらったりすると、世間では『全てこの先生の功績だ』なんていう雰囲気になりますが、そんなことは絶対にあり得ません。このことを、社会が理解してくれないといけないと思っています。

科学者・研究者というものが社会的に認知され、科学が文化のひとつと認められる社会になってほしい。私はこれまで、このメッセージを出し続けてきました。ずっと同じことを言っているので疲れるんですけど、でもそれが私の役割だろうと思っています。」


基礎科学の研究者支援が急務

大隅氏にとって研究以外に活動の柱となっているのが、ノーベル賞受賞後に立ち上げた「大隅基礎科学創成財団」だ。財団は、生物学及び周辺分野で、先見性・独創性に優れながらも、国や公的機関によるサポートを受けにくい基礎研究に対して助成を行なっている。

大隅氏「財団は、若い人を支援するという以上に、大事なベーシックサイエンスをやっている人たちを支援したい、という思いで立ち上げました。最初に思ったほど、すぐにお金が集まるわけではありませんでした。どんなお金でももらえばいい、というものではなくて、やはり基礎科学を大事にしたいという志をもつ人たちからのドネーション(寄付)でやっていきたい、と思っています。そういったことをわかってもらうためには、私が色々な人たちと話をするということが大変重要です。財団の助成対象となる研究ですが、私自身は直接選別には関わっていません。財団の最大の強みは、私の周りにとても優れた基礎研究者がいてくれること。日本でも色々な企業が財団を持っていますが、それらと区別することができる特徴としては、優れたサイエンティストがいて、その人たちの目線で選択ができる、ということだと確信しています。」

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オートファジー研究は大人気。だからこそ「地道な研究を大事に」

大隅氏が酵母を使ったオートファジーの観察に成功したのは1988年。93年にはオートファジーの関連遺伝子を特定した。

30年以上にわたり酵母を対象にした研究が続けられ、昨年3月にも、オートファジーの新たな研究成果が発表された。大隅氏は「酵母のオートファジーの機構解明という意味では、50パーセントくらいまで分かったと言ってよい」と話す。

大隅氏が研究を始めた頃と比べてオートファジー研究の人気は飛躍的に高まり、今や年間数千本にのぼる論文が発表されているが、動物細胞を扱った研究の中には、結論を先走ったものも散見されるという。

大隅氏「論文では、結果をジェネラルなものとして発表しなければなりません。そのため動物細胞の実験は、私の目から見ると『言いすぎかな』と思う部分があります。オートファジー研究が流行れば流行るほど色々な人が入ってきます。研究が広がること自体は良いですが、もう少しじっくりと、地道な研究を大事にしてほしいなと思っています。」

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公開講義の翌日、大隅氏はロシアの最高学府モスクワ大学を訪問し、ヴィクトル・サドーヴニチイ学長から歓待を受けた。サドーヴニチイ学長は「大隅先生には、またロシアを訪れてもらい、ぜひモスクワ大学の学生たちに講義してほしい。これが末永い協力関係のスタートになることを祈っています」と話している。

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