「私たちはウイルスじゃない」
新型コロナウイルスの爆発的な蔓延でアジア系の顔つきをした人は世界のいたるところでウイルス保持者であるかのように扱われ、疑いの眼を向けられている。バスなどの交通機関でみんなが離れた席に座り、通りでも迂回されるようになった。ところがアジアの中でも病気とともに別の怖い伝染病、「外国人恐怖症」が流行ってしまった。日本の商店の中には中国人お断りの張り紙を出したところもある。こうした人種差別に対抗し、SNS上では「#私はウイルスじゃない」と題したフラッシュモブが展開。状況を危惧し、悲しむ人たちが中国の知人友人のそばにたち、抱きしめる様子を写した写真やビデオを掲載した。
アジアでの目撃証言
スプートニクはこの現状を確かめようと、アジアでの滞在、研究経験が豊富で現在、香港にいるロシア人心理学者ナタリヤ・マズロヴァ氏と連絡をとった。
マズロヴァ氏はこの時期をアジアで過ごしているため、恐怖心があおられる様子も、地元政府が市民の感染を最小限度に抑えようとしているところもつぶさに目にしている。マズロヴァ氏は前々から東南アジアの顧客との間に1-2月に訪問する約束をとりつけていたが、中国の感染症がその実現を邪魔し、足踏み状態をくらっていた。マズロヴァ氏はそれでも必要な医薬品、マスク、手の殺菌剤をすべて揃え、飛行機に乗り込んだ。
モスクワ発香港行きのボーイング777の機内はマズロヴァ氏を含めたヨーロッパ人15人の他は全員がアジア系市民。その乗員乗客の全員がマスクを着けていたという。マズロヴァ氏は空の旅の印象を次のように語っている。
「文字通り宙に緊張が張り詰めているという状態で、乗客の1人が咳でもしはじめようものなら、みんながひきつった顔でそちらを見つめ、わなわなしていました。」
マカオ 町中に漂う恐怖感
マズロヴァ氏がバスで渡った先のマカオだが(フェリーの運行は現在停止)、これがまた、町全体が黙示録的様相を呈していた。表にはほとんど人っ子一人いないのだ。カジノのお休み。カフェも公園も閉め切られている。それでも1つだけ、遠来のロシア人を喜ばせたものがあった。
「こんな中でもマカオの人たちはユーモアのセンスを失っていませんでした。だってショーウインドーのマネキンにもマスクが着けられていたんですから。これもマカオの人たちの心理状態は悪くないことを示しています。」
香港 マスコミの権威失墜
マカオから香港までバスでの移動はマスクを着用していなければ不可能。乗車が拒否される。マズロヴァ氏はここでも数回の医療チェックを通過しなければならなかった。とはいえ香港はマカオとは違い、交通機関も動いていれば、カフェ、銀行も営業している。閉まっているのはディズニーランド、オーシャンパーク、教会寺院数軒のみ。通りを行く人の半数はマスクなど着けていない。
マズロヴァ氏が調査できた人は全員、ウイルスについての詳細を知っており、パニックなど起こすことなく、手洗いを入念にし、誰かと話すときはあまり接近しないように注意していると答えた。
「香港チャイニーズは精神的には中国人より英国人に近いんです。彼らは合理的でビジネスライク。マスコミの権威は失墜しており、中国の感染症の問題は香港人にとっては経済的側面の方が大きい。」
タイ TVより仏陀と共にある暮らし
「タイの人たちが裕福ではないということが、この状況でポジティブに働いたといえます。みんなの家にテレビがあるわけではない。ニュースを見たり、聞いたりする暇もない。そんなことをしていたらウイルスなどに罹る前に飢えて死んでしまう。」
諸悪の根源はカタストロフィー映画?
ロシア科学アカデミー心理学研究所の上級研究者アナスタシア・ヴォロビオヴァ氏はこのテーマは作為的にあまりに大きな焦点を当てられていると考えている。
「恐怖を生む要因は複数あります。公式的、非公式的マスコミが様々な情報発信をしている。これによって公式的なマスコミへの不信感が生まれ、情報の一部を作為的に隠蔽しているのでは勘繰られてしまう。医療、生物学に明るくない人はいつもいるわけで、非公式的なマスコミからの情報の正誤を吟味できない。カタストロフィーをテーマにした映画も恐怖症をあおってしまう。映画は謎の危険なウイルスに大規模感染してしまう様子をまことしやかに描いているからだ。」
心理学博士でロシア科学アカデミー心理学研究所で教鞭をもつアレクサンドル・ヴォロビヨフ教授も感染症の蔓延時の人間の心理はマスコミに左右されるという見解に同意しており、マスコミはショッキングな内容を避け、パンデミックの事態でパニックを引き起こさないために、どういった行動をとるべきかを説明する立場にあると指摘している。こうした一方でヴォロビヨフ教授はショッキングな情報の作用で一度、外国人嫌悪が発生してしまうと、感染症が広まる中でこれを取り除くのは極めて難しいと認めている。
「外国人嫌悪は恐怖感をあおる知識に対する一種の防衛反応です。恥ずべき現象ですが、状況が安定し、危険が去るとともに割合と早く消えていきます。」