「男性優位主義はコロナウイルスより多くの人間を殺す」
スペインでのコロナウイルスの初の感染例が確認されたのは2月末、カナリア諸島のテネリフェ島だった。わずか1人の滞在客の感染でホテル1軒が丸ごと検疫となった。
とはいえカナリア諸島は本土からはかなり遠い。このため当時、ウイルスの拡散を気に掛ける人はほぼ皆無だった。保健省保健緊急警報調整局フェルナンド・シモン局長は記者会見のたびにコロナウイルスは恐れるに足りずを繰り返していた。スペインは心配ない。感染者数は10人に満たない、と。このためスペインは他の国々のように航空機の乗り入れを停止したり、大規模なイベントや結婚式を中止するどころか、逆に3月8日の国際婦人デーのデモに参加し、ウイルスなんて自分たちには何の脅威でもないところを見せてやろうじゃないかと熱心に呼びかけていた。「男性優位主義はコロナウイルスより多くの人間を殺す」国内の感染者数が数百人を数えていたにもかかわらず、スペインの新聞にはこうした見出しが躍っていた。
3月4日、保健緊急警報調整局シモン局長は教育機関を休校扱いにしたところでコロナウイルスの感染拡大が止まないとする声明を表していたが、7日、ウイルスはスペイン王室の王位継承者であるレオノール王女、ソフィア王女の2人が通うカレッジにまで入り込んでしまった。
「一番怖いウイルスは家父長制」
3月8日、スペイン全土で16万5千人がデモに参加した。RTVE局撮影の動画ではデモ参加者の1人が取材に答え、「ママ、男性優位主義の方がもっと危険だ。コロナウイルスよりずっと多くの人間を殺すから」と語ったセリフが放映された。
デモ行進では市民はハグし、大声で笑い、キスをしあうことで危険なウイルスを互いに伝えてしまった。
3月9日、スペインではコロナウイルスへの姿勢ががらりと変わった。同日、マドリード州のイサベル・ディアス・アユソ知事は首都マドリードの全ての教育機関を休校とする決定を下した。10日、今度はイタリアと結ぶ直行便が全便運行停止となり、刑務所への出入り口が閉鎖され、大規模な行事が取りやめとなった。「VOX」のスミス=モリーナ書記長の感染が明らかにされると、上下院では最低1週間は作業が停止。コロナウイルスの感染が疑われる場合、自宅に医者を呼ぶためのホットラインが開設された。
1枚10ユーロもするマスク
とはいえ店頭からは手の殺菌用ジェルや抗菌マスクなどが次第に姿を消し始めた。3月9日の時点でマドリード州コラド・ヴァラルバ市の薬局では手の殺菌用ジェルは完売。店は購入希望者のリストを作成しはじめ、新たな入荷があり次第、電話をすると約束したものの、未だに一本の電話もかかってきていない。町で1軒だけ感染防止マスクを売っている店を奇跡的に見つけたが、お1人様2枚までの限定販売でしかも1枚あたり10ユーロと、余りにも足元を見て吊り上げた値段だった。
10日の朝には、食料品とトイレットペーパーの買い占めが始まった。10日のお昼には店の棚からは肉も野菜もなくなり、缶詰も牛乳も卵も姿を消してしまった。するとどこからともなくこんな噂が流れ始めた。もうこれ以上、店には何の食料も運ばれてこなくなる。唯一の例外はドッグフードだけになると。また、イタリアと同じようにスペインへの出入国もまもなく閉じられるという声もささやかれ始めている。とはいえパニック状態に陥る人は今のところ誰もいない。