昨年、世界保健機関(WHO)は「世界の健康に対する脅威」トップ10に大気汚染、HIV、エボラ出血熱、がんのような非伝染病と並んで「ワクチン忌避」を挙げた。WHOによると、現在、ワクチン接種によって年間200~300万人の命が救われているという。
歴史上、いくつかの感染症の大流行はワクチン開発によって抑えられてきた。ワクチンが開発される1963年まで年間約250万人が死亡していた麻疹(はしか)がその一例だ。世界の大多数は研究者や医師を信用し、84%の人々がワクチンは有効だと考え、79%が安全だと考えている。ワクチンに対する評価が最も高いのはルワンダとバングラデシュだ。一方、フランスや日本のような富裕国ではワクチン接種に対する信用度は低下している。その一翼を担っているのが反ワクチン運動だ。この運動に参加する人たちをアメリカでは「anti-VAX」、ロシアでは「アンチ・プリヴィヴォチニキ」と呼んでいる。どんな先進国にあってもワクチン接種反対派の論拠にはかなりの説得力があり、それがすでに忘れられたはずの病の再流行、例えば、1990年代のオランダのポリオ流行、2010年のカリフォルニアの百日咳の流行を招いている。
日本の反ワクチン運動対策
日本では、1974年に百日咳ワクチン接種の合併症が原因とみられる症状で女の子が死亡した。このワクチンには死んだ菌が含まれており、実際に有害事象が発生していた。1年後、同じワクチンの接種により2人目の死亡者が出たことで、政府は百日咳ワクチン接種を3ヶ月間、完全に停止した。
その後、ワクチン接種は再開されたものの、以前のように生後3ヶ月の接種ではなく、2歳からの接種となった。このとき、多くの親が自分の子どものワクチン接種を拒否した。日本の感染症専門家によると、1976年に百日咳の予防接種を受けたのは、わずか10人に1人だった。
この状況は1981年についにより安全なワクチンが登場するまで、ほとんど変わることはなかった。だが早くも1982年末には、百日咳ワクチンを接種した子どもの割合は80%に達し、1988年には、初回接種年齢が生後3ヶ月に戻された。
ワクチン接種のほぼ完全拒否が続いた7年間で、日本の百日咳の罹患率は約10倍に増加した。また、1980年に百日咳に罹った1万4000人のうち、1万3000人は9歳未満の子どもだった。ワクチン接種の再開後、状況は徐々に安定し、1980年代末には日本の百日咳の罹患者は年間500人以下にまで減少した。
数百万人の救われた命。これでは不十分?
ワクチンの副反応がしばしばワクチン忌避の理由となっている。しかしワクチンを忌避する人の多くが、予防接種に伴う副作用よりもワクチンで予防できる病気そのものの方が危険であることを忘れがちだ。
生物学者で科学啓蒙家のアレクサンドル・パンチン氏は次のように書いている。「生物学者である私には、どうして人々があれほどワクチンを恐れるのかがずっと分かりませんでした。私たちの体には学習する免疫システムがあり、体内に何か異質な微生物が侵入すると、それを認識した免疫システムの細胞が活発に分裂を始め、十分な数に増えると、侵入してきた感染症をやっつける仕組みになっているのです。」
アメリカの研究者はある研究で、ワクチン反対派の人々は有害事象の影響を過大評価する傾向があることを発見した。2つの実験で267人の被験者にさまざまな疾患、事故、大災害の被害を大まかに評価してもらったところ、これらの被害に対する過大評価とワクチン強制接種に対する懐疑性のレベルに正比例の関係がみられた。これだけでワクチン強制接種に反対する人々の行動を完全に説明できるわけではないが、理由の1つではありそうだ。
「私は死を選ぶ」:反ワクチン運動が新型コロナへの勝利を脅かす
ワクチンはまだ完成していないが、中にはすでに接種を拒否するつもりの人もいる。ワクチン反対派は「ワクチン接種の名目でチップを埋め込まれる」という陰謀論を支持しており、ワクチンを作ったのはビル・ゲイツ氏だと主張する。このことは集団免疫の獲得と新型コロナ対策の成功にとって一定の問題となるだろう。
「アンチ・プリヴィヴォチニキ」の運動には著名人も加わっており、それにより同運動の人気は増している。例えば、セルビア人テニス選手のノバク・ジョコビッチとイギリス人ラッパーのM.I.A.はすでに新型コロナウイルスのワクチン接種を拒否すると発表している。世界ランキング1位のテニス選手はこの問題による政権からの圧力を危惧しており、M.I.A.は予防接種とチップ埋込みの関連性を信じている。M.I.A.は自身のツイッターに「ワクチンかチップを選ばなければならないなら、私は死を選ぶ」と書いている。
「アンチ・プリヴィヴォチニキ」対策は、禁止か啓蒙か?
WHOの専門家によると、ワクチンに関する正確で分かりやすい情報が世論に提供されれば、大規模なワクチン接種を進めるのは楽になるという。
WHOのワクチン需要問題専門家のリサ・メニング氏は言う。「現実を見ると、接種が可能なところでは、大多数の親が自分の子どもに速やかにワクチン接種をさせたいと考えています。どうするか確信が持てないという人も複数いて、ワクチン接種を単純に拒否する人は少数派です。親の抱える疑問や心配に耳を傾け、それに心を込めて回答していくことが極めて重要です。」
ワクチンに関する偽情報の拡散対策も重要だ。いくつかのオンラインプラットフォームではワクチンに関するフェイクニュースを阻止する最初の措置が始まっている。WHO報告書によると、長期的には人々の公衆衛生リテラシーを高め、噂や偽情報への耐性を高めるための作業が必須であるとともに、保健医療当局への信頼向上のための作業が必要だという。
SNSはワクチン接種の害を謳う情報の拡散対策を進めている。Facebookは2019年3月、反ワクチン運動のページが検索結果やおすすめに表示されないようにし、9月には予防接種の情報を検索するユーザーに対して教育的コンテンツのリンクを表示するようにした。マーク・ザッカーバーグ氏は2015年にも次のような書き込みをしている。「この科学は至極明白。予防接種は効果的で、我々の社会のすべての人の健康にとって重要だ。」
YouTubeは2019年2月、ワクチン接種の害を語るチャンネルの宣伝を拒否すると発表している。