3月にポルトガルが国際線の運航を閉鎖した際、バレステロさんはボートで海を横断することを決心した。同氏によれば、彼は新型コロナウイルスの発症例がなかったポルトサント島で「臆病者」のようにじっとしていたくはなく、早く家族に会いたいと願っていたのだという。
ポルトガル政府は、バレステロさんに対し、予想外の事態が生じた場合に戻ることができないであろうと警告した。しかし、彼はそのことに動じることはなかった。
バレステロさんは準備万端だったが、無事にことが進むということはなかった。4月12日、アフリカのカーボベルデ当局は彼に島への係留を許可しなかったことから、バレステロさんは食糧と飲み物の補給を行うことができなかった。
ブラジルの沿岸では大波が彼の小舟を破損した。このことから彼はビトリア市に10日間、予定外の停泊を余儀なくされた。ここでバレステロさんは、彼の兄弟がアルゼンチンの記者らに彼の大西洋横断旅行について話したことを知った。そこで彼はインスタグラムにアカウントを立ち上げ、予想外の事故について語ることにした。
バレステロさんは5月に行われた父親の90歳のお祝いには間に合わなかったが、父の日という別の祝日を祝うこととなった。