パテルノさんは、1930年代に大学で学ぶことを夢みたが、しかし、当時、彼の家庭は学費を支払うことができなかったと語った。パテルノさんは幼いことから働きはじめ、パレルモ市のビール醸造所で父親の手伝いをした。第2次世界大戦の時には電信兵として軍に従事した。
戦後、パテルノさんは、鉄道の仕事をはじめた。その頃、彼には養わなければならない家庭があったことから、教育については改めて諦めなければならなかった。
2017年になってようやく彼は、パレルモ大学の1年に入学し、自分の夢を実現することができた。パテルノさんは、勉強のため朝7時に起き、多くの時間を読書に費やさなければならなかったと語った。資料などは彼はタイプライターで準備した。パテルノさんによれば、まわりの人たちはなぜ彼が勉強をはじめたのか分からなかったという。パテルノさんは、「夢をかなえるということ、それも私の年齢で実現することの大切さを彼らは単に理解できなかったのでしょう」と語った。
卒業まであとわずかとなった時、新型コロナウイルスのパンデミックが起こった。大学は遠隔授業に移り、パテルノさんは新しいコミュニケーション環境に慣れることが求められた。しかし、彼はこれをやってのけ、7月末に優等で学士号を取得した。