一方、これを受けて、ロシア大使が、影響力のある医学雑誌「ランセット」が有効性92%と発表するロシア製のワクチン「スプートニクV」(参考記事2–4)の供給を日本政府に提案した。しかし、加藤勝信官房長官は、日本は現時点ではロシア製のワクチンの承認のための臨床試験を行う計画はないと言明した。
ワクチン接種における問題に直面しているときでさえ、日本がロシア側の提案を受け入れないのはなぜなのか、「スプートニク」が専門家に伺った。
戦略的立場
コロナ禍の中にあっては、どんな「支援の手」もありがたいものであり、そこに政治的な意図が入り込む余地などないだろうと多くの人が思うだろう。しかし、現実には、このような危険なウイルスとの戦いにおいても、地政学的な問題が障壁となる場合がある。
「スプートニク」への信頼は欧州の方が高い?
しかしながら、キスタノフ氏は、当時は人道的観点が政治的な思惑よりも重要視されていたと指摘する。
「そこで、チュマコフのような、ロシアを代表するウイルス学者たちの名が今でも多くの国々で記憶されているのも驚くべきことではありません。おそらく、それは、ロシア製のワクチン“スプートニク”に対する評価が上がった理由の一つでしょう(欧州でも最初はそれほど関心がなかった)。ロシアの研究者らによる後期の臨床試験の結果(参考記事4:ランセットの2つ目の記事で掲載されている)が、外国の研究者たちを納得させたのだと思います。“スプートニク”に対する疑念は欧州では次第に薄れてきています。欧州のいくつかの国はロシア製ワクチンを非常に肯定的に評価しており、イタリアなどでは、自国で製造する計画を発表しているほどです」。
ファイザーに有利な露日間の領土問題
一方で、キスタノフ氏はイタリアとロシアの間には領土問題がない点を指摘する。キスタノフ氏によれば、日本がファイザー社のワクチンを好む理由の一つとして、ロシアと日本の領土問題が影響している可能性もあると述べている。
「今、日本にとって重要なのは、領土問題の解決です。そこで、ロシア製ワクチンの輸入に対する日本政府のアプローチにも、クリル諸島(北方領土)は重要な意味を持っています。北方領土の返還を要求している日本の“右翼”が政府に対して、愛国的な抗議を行ってくる可能性があるからです。ロシアが北方領土を返還しないなら、日本はロシアのワクチンを輸入しないという姿勢を示していることが、そのことを証明しています」。
ロシアはワクチン接種の模範例なのか
ロシア製ワクチン「スプートニク」に対する信頼は、世界の多くの国で高まりつつある。プーチン大統領によれば、200万人以上がすでにロシア製ワクチンの2回の接種を終えている(ロシア–24参考)。しかし、この数字は、自国でワクチンの製造を多なっている他の国々に較べれば、遥かに少ないものである。
これに関連して、ウイルス学者のアレクセイ・アグラノフスキー氏は、自身はすでに「スプートニクV」を接種したというが、ロシア国内ではワクチン接種をする人がかなり少ないことについては、簡単に説明がつくと話す。
「ロシアでは、たとえそれが疫病に対するものであっても、ワクチン接種は任意であり、接種を強要することはできません。インターネットの影響も大きいでしょう。医療にまった詳しくない人たちが、ときに、ワクチンは有害である、副作用が出るなどと蒙昧主義的なことを書き立てています。しかし、ロシア国内で接種を希望する人には、スピード感を持って接種が行われ、これにより、ウイルス感染の連鎖を断ち切っています。一方で、ロシアには接種について慎重に見極めようとする“様子見”の人がたくさんいます」。
ワクチン「スプートニク」はロシアでは誰でも接種できるものであり、アグラノフスキー氏は、まもなく、現時点では“様子見”をしている人が今後ワクチン接種をし、接種済みの人口の割合を急速に伸ばすことになる可能性もあるとしている。
ロシア国内において、現時点で最も接種が進んでいる(少なくとも1回の接種を行なった人の絶対数)都市はモスクワで、すでに70万人が接種したが、しかしこれでも人口のわずか5.5%である。
一方、人口に対する接種の割合で上位につけているのが、サハリンで、6%以上となっている。しかしこれも、BBCによれば、人口49万人のうちのわずか3万人にすぎない。