今回、東京に来るまで予想外だったのは、日本人の帰省タイミングと被ったためか、ロシアからの飛行機のチケットが思ったより手に入らなかったことだ。コロナ対策で飛行機を満席にできないためだ。Aさんは第一陣としてモスクワから直行便で来ることができたが、第二陣以降の同僚らはヨーロッパ経由で乗り換えすることにし、なんとかチケットを確保できた。
日本に到着後は、健康状態を申告するアプリと、位置情報を監視するアプリを使っている。彼の場合は技術職で、選手と接するわけではないので、PCR検査は最初の3日間連続で行い、3日間おいて、また3日間連続で検査する、という流れを繰り返す。選手と直接接する記者やカメラマンは毎日検査する。
「コロナのせいで様々な制限がありますが、その要素を除けば、いつものオリンピックと同じだなと思います。結局はIOCが仕切っていて、その基準で動くわけなので、どの国でやっても、だいたい同じような感じになるんです。」
選手村の条件がいまいちなのは普通
ロシアの選手らから選手村の設備について「テレビも冷蔵庫もない」「4、5人でトイレを共用している」「中世の日本みたい」とクレームが出たことについて、意見を聞いてみた。
「ちょっとこれを言うのは決まりが悪いんだけど」と言いながら明かしてくれたところによると、選手村の居住環境が、メディア関係者が泊まる一般のホテルより悪いのは、今に始まったことではないという。
これまでの五輪では、一般道に必ず1レーン、オリンピック車両のための専用レーンができていて、五輪のマークがついていたが、東京ではそのようなものはない。「東京は道幅も狭いので、できなかったんじゃないでしょうか。僕は朝早く出て夜遅く帰るので問題ないですが、日中に移動しないといけない取材記者たちからは、渋滞に巻き込まれて時間が余計にかかるというのは聞いています。」
15分間の外出制限、食料持込禁止
五輪関係者は宿泊先と仕事場の往復のみで、一般市民と接触しないようバブル方式が採用されている。15分間の外出が許可されているので、ホテルの向かいにあるコンビニで必要なものを買うことはあるが、Aさんは絶対に遅れないように神経をとがらせている。別の会社の人で、飲みに行って時間をオーバーし、追放された人を知っているからだ。
「色々制限はあるものの、コロナが怖いとか、そういうギスギスした感じはなく、雰囲気はとても良いです。ホテルでも、放送センターでも、日本人は愛想よく親切にしてくれ、日本のホスピタリティを感じています。日本人ってもともと、そういう人たちなんだと思います。」
2週間陰性のまま何事もなければ、自由に町を出歩くことができるが、「その頃には仕事が忙しすぎて時間が取れないでしょう」と話す。毎朝、ホテルから放送センターへ行くシャトルバスから、車窓の風景を眺めるのが唯一の楽しみだ。
「東京には新しい建物がすごく多いことに驚きました。日本人は伝統や文化をとても大切にしているのに、それでいて新しいもの、住環境、生活スタイルを変えるのを恐れていない。アメリカとかロシアだと、文化的価値があるものもないものも全部ひっくるめて、古い建物が残っている。住環境についてはロシア人のほうがもっと保守的だと思います。その点で僕は、東京がとても気に入っています。」