兄弟は外交官を養成する名門、モスクワ国際関係大学の出身。卒業後、セルゲイさんは仕事で中国に行く機会が多く、アジア諸国では米粉を使った、もちもちした食感のスイーツの人気が高いことに気付き、興味をもっていた。ある日、たまたまネットでミスドのポン・デ・リングを発見した。
セルゲイさん「ポン・デ・リングを見たとき、すぐ味のイメージが浮かんできて、こういうものを作ってみたいと思ったんです。見た目からして、これは絶対に美味しいはずだし、人気が出ると確信しました。」
Bubble Donutsを創業したプストヴィテンコさん兄弟。弟のアントンさん(左)と兄のセルゲイさん(右)
© 写真 : Asuka Tokuyama
ポン・デ・リングの外見に触発された兄弟は、これをロシアで受け入れられるスイーツにするにはどうすればいいか考えはじめた。中国へ行き様々な種類の米粉を大量に購入。それらを独自にブレンドし、自宅で試作を繰り返した。開発に一年半費やし、やっと満足のいく基本のドーナツができた。それからアントンさんがトッピングを考案。味を決定するのに半年かけて、ついに販売できるレベルにまで完成させた。2020年夏のことだった。
まずモスクワ郊外に小さな製造所を作り、その横で直売を始めた。ところが、コーヒーだけ買って、ドーナツには目もくれないお客さんがいた。ドーナツは嫌い、というその男性にひとつプレゼントすると、数時間後にまたやってきて、箱買いしてくれた。
ロシアのドーナツといえば、たっぷりの油で揚げて粉砂糖を大量にまぶしたものが定番。Bubble Donutsは、その繊細な味と軽い食感で、ドーナツの常識を変えた。基本のドーナツはロシア風クレープ「ブリヌィ」を思い起こさせる。
セルゲイさん「あまりにも試作を繰り返していたので、本当に美味しいものを作っているかどうか自分達でもわからなくなることがありました。でも、最初はひとつ買うのも迷っていたお客さんが、そのあとリピーターになって大量に買ってくれるということが何度も続き、自信が持てました。」
半年前、兄弟の友人で、ビジネスパートナーのアルトゥシュ・ザカリャンさんのおかげで、モスクワ市が運営する常設の市場のうち、南西部のラメンキという場所に入居することができた。ここが最初の店舗らしい店舗だ。12時開店だが、スプートニク取材班が行った日は、午後3時の時点でほぼドーナツが残っていなかった。毎朝、その日に売る分しか作らないので、売れてしまえば営業終了だ。必ず買いたい場合は、前日までの予約をおすすめする。
現在では、人気デリバリーサービス「ヤンデックス・イダー」のデザート部門で常にトップ入りし、競争の激しいモスクワで評価5を保ち続けている。この人気ぶりを見て、フランチャイズの提案や、チェーン展開するカフェから、ドーナツを売ってくれという提案が毎日のように来ているが、全て断っている。創業から間もない今は、むやみに規模を大きくするよりも、ブランドの浸透に専念したいからだ。信頼関係を大事にしたいという気持ちから、誕生日のお客さんにはお祝いメッセージを箱に手書きするなど、きめ細かいサービスを行っている。
今から4か月ほど前、初めて日本人が来店した。それ以来、モスクワに住む日本人の間で話題になり、着々とリピーターが増えている。筆者の個人的な感想を言うと、味は本家とはだいぶ違うが、これはこれでかなり美味しい。もっちり度はやや劣るものの、生地や素材の味がはっきりしていて、どのトッピングにも高級感が感じられる。
現在店頭に出ている味は7種類だが、実は50種類ほどバリエーションがあり、定期的に変えていく予定だ。兄弟は、インスピレーションを与えてくれたミスドのポン・デ・リングについて「ぜひ食べてみたいので、誰かお土産に買ってきてくれたら嬉しいです。うちのドーナツと交換しましょう。日本へはいつか絶対行ってみたい」と話す。
モスクワ全域に宅配が可能で、今後の身近な目標は、デリバリーでの売り上げを伸ばしていくことだ。実店舗は多くても3店程度にとどめ、サービスの質を保っていくつもりだ。
ロシアはつい最近ミシュランガイドの対象国になった。69のレストランが紹介され、うち9店が星を獲得している。プストヴィテンコさん兄弟は「私たちも、ミシュランで紹介されることを目指して頑張ります」と夢を語っている。