ロシアのセルゲイ・リャブコフ外務次官は、11月初旬、現在の露米関係について、「ある意味で、冷戦時代の状況以上とも言えるほど厳しく、複雑な危機を迎えている」と表現した。外務次官はさらに、冷戦時代は、明確な枠組みと規則があったが、現在は露米関係全体についてはっきりしないことがあまりにも多すぎるとも指摘した。
「冷戦」は、両国の戦闘準備レベルと軍部隊や兵器の接近度合いが、その主な判断基準であった。この2週間、黒海では、米国とロシアの海軍がまさに、睨み合った状態となっている。
10月30日、米海軍第6艦隊の艦船がウクライナ南部沿岸の黒海海域に入った。まずは駆逐艦「ポーター」、続いて給油艦「ジョン・レントール」、そして通信機能と指揮・統制能力を重視した旗艦「マウント・ホイットニー」がこれに合流した。米国防総省は、これらの艦船について、11月12日に予定されているトルコ、ブルガリア、ルーマニア、グルジア、ウクライナが参加するNATOの多国籍の軍事演習に参加するものだと説明した。
このとき同時に、米空軍の戦略爆撃機B–18数機と、監視および地上と海上からの攻撃を指揮・管制する航空機E–8Cが黒海上空を飛行した。これらの航空機は、付近に高空投下やレイダウン投下に対応する核爆弾B–61が保管されているドイツのラムシュタインにある米空軍基地およびキプロスから飛び立った。このほか、シチリアの基地からは米軍の哨戒機P–8A「ポセイドン」が、ルーマニアの飛行場からはフランスの軍用輸送機C–160「ガブリエル」が、そして英国からは伝説的な米国の偵察機U–2が、ウクライナ領を通過し、黒海上空に集結した。
一方、状況を監視し、外国の戦艦に随行するため、C–400を始めとする地対空ミサイルシステム、哨戒システム、電子偵察機、また地対艦ミサイル「ウラン」、「バール」、「バスチオン」など、ロシアの黒海艦隊および南部軍管区の部隊や兵器も使用された。さらに、対艦ミサイル複合体「ヴルカン」を搭載したミサイル巡洋艦「モスクワ」と、巡航ミサイル「カリブル」を搭載した最新警備艦「アドミラル・エッセン」が米軍艦船の動向を監視した。そして当然ながら、クリミア半島、スタヴロポリ地方、クラスノダール地方に位置する空軍機も出動した。
ロシアは、こうした状況に極めて深い懸念を表した。この件について、ウラジーミル・プーチン大統領は3度にわたって声明を表し、国防相や外相も再三、発言を行なった。そしてロシア国防省は連日、深い懸念を表明した。
これに対し、米空軍は今回の行動の目的は、黒海での航行の自由を保証することであるとの説明を行った。
ロイド・オースティン国防長官は、ツイッターに投稿し、「地上、上空、海上での合同演習を通して、世界の同盟国およびパートナー諸国と緊密な協力を図ることは、包括的抑止戦略の主要課題の一つである」と指摘した。
もちろん、これは真実に近く、また「冷戦」時代に米国とNATOが設定した目標に近いものであろう。
第一に注意すべきことは、黒海海域における外国の艦船の通行制度である。黒海に入るには、トルコ領であるボスポラス海峡、ダーダネルス海峡を通過しなければならないことが、1936年に採択されたモントルー条約で定められている。この条約では、黒海での停泊についても制限が設けられている。停泊の期間は3週間、また停泊できる船の合計のトン数は30,000トンとなっている。しかし、定期的な軍事演習を行えば、この制限を回避することが可能となる。米国の政治専門誌「ザ・ヒル」は、これによりロシアの主導性が失わせることができるという米空軍のブライアン・ハリントン将校の見解を伝えているが、米国が今行なっているのがまさにそれである。米国防総省のジョン・カービー報道官は、黒海における米海軍の行動についての質問に対し、米国は今後も必要であれば、世界の上空、海上で、飛行や航行を続けていくと言明した。
加えて、黒海沿岸に接近した敵が、ロシアの大都市や防衛拠点に攻撃を行う可能性もある。「ポーター」を含むアーレイ・バーク級駆逐艦は、核弾頭を目標に到達させる巡航ミサイル「トマホーク」を最大60基搭載することができ、その射程は2,500キロとなっている。つまり、「トマホーク」は、ロシアのカルーガ州、トヴェリ州、サラトフ州の戦略ミサイルを攻撃する可能性があるということである。こうなると、海上の航行の自由よりもはるかに深刻な問題となってくる。モスクワが攻撃の対象となる可能性も出てくるのである。
しかもそれだけではない。
プーチン大統領は、戦略航空軍が実弾演習を行なったとして、懸念を表明した。大統領は記者団に対し、「B–51が使用されている。これはかなり古い航空機ではあるが、問題は航空機ではなく、そこに戦略兵器が搭載されているということであり、これはロシアにとって非常に重大な挑戦である」と述べた。
第二に、ロシアの軍事専門家で、第4航空・防空軍の元司令官であるワレリー・ゴルベンコ中将は、NATOの偵察軍がこれまでにないほど活発な動きを見せているのは、ロシア南部のミサイル防衛システムを明らかにするという課題を持ったものだと指摘する。
演習に米空軍以外に、戦術空軍、戦略空軍、偵察部隊、またブルガリア、グルジア(ジョージア)、ルーマニア、トルコ、ウクライナの部隊が参加していることを考えれば、ウクライナが、ロシアの支持を受けた非承認の共和国がその一部を統制しているドンバス情勢を鑑み、南東部で軍事行動の準備を始めた場合を想定した演習が行われているものであることは明白だとロシア国防省は指摘している。
セルゲイ・ラヴロフ外相は、米国とNATOが黒海での行動を活発化させていることは、NATOが東欧やバルト諸国に大規模部隊を追加配備しないと約束した1997年の双方間の基本的文書に矛盾するものだとの見解を表している。その上でラヴロフ外相は、ロシアも必要があれば、同様の策を講じるとの確信を示している。そうなれば、もう一つの対立の場である極東にも悪影響がもたらされるのは必至である。問題は、どこでカタルシスが起こるのかということだけだ。