統一教会は1980年代からこっそり活動を始めていたが、ソ連でペレストロイカが始まると、堂々と布教活動をするようになった。1990年には統一教会創始者の文鮮明(ムン・ソンミョン)が、ソ連の国家元首であったミハイル・ゴルバチョフ氏と面会。クレムリンの敷地内にあるウスペンスキー大聖堂で、統一教会の儀式を行なった。ウスペンスキー大聖堂はロシア正教会の重要な教会であるから、現在では到底考えられないことである。さらに文鮮明は「統一教会はやがてロシアで国教として受け入れられるだろう」とまで発言したという。
ドヴォルキン氏は「ソ連の国家元首が、現役の一国のトップとして一番最初に文鮮明に会ってしまった。周囲の人々のプロ意識がなかったとしか思えない」と話す。
統一教会はまず、莫大な資金を注ぎ込んでロシア教育省と太いパイプを築いた。学校の教師らをロシア南部・ビーチリゾートのサナトリウムへ旅行に連れていき、そこでセミナーをやったりビデオを見せるなどして、啓蒙活動を展開した。
「統一教会は、ソビエト人のメンタリティというものをあまり理解できていなかったと思います。無料でビーチに行きたいから行っただけ、戻ってきてからは何もしないという人が多かったのです。しかし強く感化された人もいて、ひとクラス丸ごと、生徒を統一教会の儀式に連れていった担任の先生がいました。それをフランスのテレビ局が取材していたので、よく覚えています。」
統一教会はロシア語で「私の世界と私」という教科書を作った。この教科書はロシア全土のおよそ一万の学校で採用され、特にカルムキヤ共和国では、当時の首長と関係を築き、共和国内の全ての学校が採用した。カルムキヤといえばロシアの中でも数少ない仏教国だ。統一教会は一応キリスト教系の新宗教であるはずだが、ドヴォルキン氏は全く関係ないと否定する。
「ロシアは多民族の国ですから、統一教会は地域によって、自分たちの主張を変えていました。カルムキヤでは仏教徒に、イスラム教の地域ではムスリムに対し、それぞれ耳ざわりの良いことを吹き込んでいたわけです。また、最初はロシア正教会の聖職者が統一教会のセミナーに参加することもありました。文鮮明は、色々な宗教の代表者を自分たちのイベントに招くことを好んだからです。しかしロシア正教会の方は、これはおかしいと気づき、行くのをやめました。」
日本では山上徹也容疑者のように「2世」の悲劇が注目されがちだが、ロシアでは、親の意に反して、子どもが入信してしまうケースが目立ったという。
「霊感商法や寄付などで日本が統一教会の資金源になっていることは有名ですが、ロシアの場合は、90年代から2000年代にかけては市民が寄付できるほどのお金を持っていませんでした。ロシアにおける手口はこうです。若い信者は、縁もゆかりもない他の町に引っ越しさせられ、アパートの一室に押し込められて集団で生活します。朝から晩まで路上に立って、通行人に施しを求めます。大体は、冷たくされるわけですね。でも、信者は、その冷たくされることこそが、試練だと捉えています。狭い部屋に戻ると、一番寄付を集められなかった人が罰を受けます。そんな中でも、他に友達や頼れる人がいないので、信者の信仰の心は強まり、自分たちは正しいことをしているという気持ちがさらに高まるのです。」
統一教会は、米国と日本のメディアに大きな影響を及ぼしたが、ロシアではその試みはうまくいかなかった。ドヴォルキン氏は「特に統一教会が盛んに活動した90年代は、私有財産という概念が誕生したばかりで、社会の何もかもが瞬く間に変化し、盗みや殺人も日常茶飯事だった」と振り返る。そこへ乗り込んでいくのはリスクが大きすぎた。注いだ活動資金の額に比べると結果が見合わなかったため、文鮮明は徐々にロシアへの関心を失っていった。
ドヴォルキン氏は、統一教会が衰退したのは、他にもいくつかの要素が重なったためだと指摘する。例えばゴルバチョフ財団は、長きにわたり統一教会の資金で運営されてきた。しかしゴルバチョフ氏は、西側では人気があるが、ロシアでの人気はさほどない。ゴルバチョフ財団は、統一教会が望むような影響力を持てなかった。「投資」する人物を読み違えたということだろう。
「オウム真理教がロシアで有名になったことは、統一教会の活動にも影響を与えました。オウムの危険性がクローズアップされたことで、統一教会もそれと同列で、危ない存在ではないかと、社会全体が危機感を抱き始めました。それ以外にも他のカルト宗教がどんどん出てきて、競争も激しくなり、統一教会の衰退は、2012年の文鮮明の死去とそれに伴う家族間の継承権争いによって決定的となりました。90年代というロシアが最も混乱した時期と、統一教会の全盛期が重なったことは、不幸中の幸いでした。ロシアがもっと安定した時期に彼らが入り込んできていたら、より大きい影響を及ぼす存在になっていたことでしょう。」
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