スリランカ研究の第一人者に聞く大統領選の注目点 スリランカ人の対中感情は?日本とロシアは救いの手を差し伸べる?

深刻な経済危機と大規模デモを受けて、ゴタバヤ・ラジャパクサ大統領が国外逃亡・辞任したスリランカでは、全土に緊急事態宣言が出されている。これまで事態打開の試みがゼロだったわけではない。ラジャパクサ氏は辞任する以前、ロシアのプーチン大統領と電話会談を行い、燃料購入のための融資と、ロシアの航空会社アエロフロートのフライト再開を要請していた。
この記事をSputnikで読む
この要請についてスリランカ情勢に詳しいJETROアジア経済研究所の荒井悦代・南アジア研究グループ長は「スリランカ人の中には社会主義思想がまだ残っていて、ソ連のパトリス・ルムンバ民族友好大学(現ロシア民族友好大。アジアやアフリカ諸国から留学生を数多く受け入れた)で学んだ人も多く、観光・貿易の観点からもロシアは遠い国ではありません。むしろ友好国という扱いなので、ロシアへの要請は自然だったと思います」と話す。
荒井氏によると、西側との関係を気にして、ロシアに援助を頼むのはやめたほうがよいという声もなくはないが、高齢のベテラン国会議員の中には「反米」「社会主義」思想に染まった人もいる。スリランカ国会は基本的に2大政党制だが、複数の小さな政党の支持を得て安定多数を得ることが多く、小規模政党出身であってもベテラン議員の影響力は強く、無視できないという。
とは言え、ロシアがどの程度応じるかは定かではない。ロシア外務省は「新政府樹立後のスリランカと協力する用意がある」と声明を出したが、ロシアの専門家の間では、援助はあくまでも国際協調的なもので、規模は最小限にとどまると考えられている。エネルギー政策問題研究所のブラト・ニグマトゥリン所長は「ロシアは今自分のことで手一杯だ。石油会社は紅茶よりも現金がほしい」「破産国家との取引はそもそも禁止されている。石油製品を送るなら慈善事業だと覚悟しなければならない。援助してもタンカー1隻分だろう」と指摘する。アエロフロート運休も、友好国だと思っていたスリランカで航空機が差し押さえられたためである。
スリランカの危機はなぜ起こったのか?
スリランカがここまでの危機に陥ってしまった原因のひとつは、インフラ整備で中国に借金を重ねたことである。荒井氏は「スリランカは露骨にやりすぎた」と指摘する。
「中国とばかり仲良くし、インドや日本という伝統的な友好国に冷たくするという態度が露骨でした。近年、日本に対しては、決まっていたプロジェクトを二度連続で一方的にキャンセルするなど極めてイレギュラーな態度を取ってきました。しかも、そのことで中国に対してポイントを稼いだわけでもありません。これは外交的な失敗でした。スリランカはよく『対中債務の罠にはまった』と言われますが、実はスリランカ人の対中感情は悪くありません。スリランカ人が本当に怖いと思っているのはインドで、この恐怖心は歴史的に刷りこまれたものです。国力や人口で考えれば、中国も恐れるべき存在だと思いますが、スリランカの人にとってはそうではない。中国は、日本よりも後からやってきた気前のいい友人、という位置づけなのです。」
荒井氏は更に、基本的には親日であるスリランカの人々の心が、中国に大きく傾いた理由を分析する。

「今世紀において、スリランカはラジャパクサ一族が牛耳ってきました。中国がプロジェクトを提案してくれば、その資金の一部はラジャパクサ一族の懐に入ってきました。中国は、ラジャパクサ一族がもともと持っていた『汚職文化』を強化してしまったのです。日本の場合は海外に援助するとき、税金を使うわけですから、現地での需要はもちろん、日本人にもプロジェクトの合理性を納得してもらわないといけません。すると決定に時間がかかります。日本は中国と比べて提案してくるプロジェクトの価格が高く、地元政治家への恩恵もありません。すると、中国の方がスピーディで柔軟だ、日本より中国と仲良くしたほうがよい、となってしまうわけです。また、中国は教育、文化交流分野を含め全方位的に活動しています。医大にスリランカ人学生を受け入れたり、優秀な中高生を無償で短期の語学留学に招待したりするなどの結果、中国語熱が高まっています。」

現政権への不満が爆発 路上で抗議する人々
7月20日に国会議員の投票により、辞任したラジャパクサ氏の残りの任期を務める大統領が選出される。本来大統領選は国民の直接投票だが、今回は任期途中の辞任による特別措置である。荒井氏は2つの点に注目する。

「まずは国際通貨基金(IMF)との交渉です。今のスリランカは、借金返済以前に、日々の燃料や電気が足りず、生きて経済活動をしていくためのお金をまずなんとかしなければいけません。もうひとつは大統領の権限を弱めるための憲法改正です。国民は、今の危機を招いたのは、強すぎる権力を持った大統領が、誤った経済政策をしたからだと思っています。実はスリランカでは政権交代のたびに憲法が改正されているので、大統領権限を弱めるには、以前の憲法に戻せばよく、技術的には難しくありません。誰が大統領に選ばれ、その人物がどれだけの支持を集めて、これらのことを実行できるのかが、情勢を左右します。」

2020年、スーパーマーケット前の行列。中にはロシア人観光客の姿も
これまでの中国の援助も役に立つ時が来るかもしれないが、国家が財政破綻した今も、それ以前も、スリランカの人々に遠い未来のことを考える余裕はない。中国が作ったコロンボ中心部のロータス・タワーのように、当初予定されていた電波塔の役割も果たさず、外見だけ美しい建造物は、見せかけの経済発展の象徴となってしまった。
荒井氏が日本に期待するのは、中国とは全く異なるアプローチだ。これまでにスリランカのカウンターパートと培った関係に基づき、スリランカの発展に寄与することが具体的に想像できる援助である。

「日本が行うべきは、市民生活や経済活動が活発化し、雇用や輸出が増えるような、効果が期待できる援助です。そして次世代につながる人材・職業教育も必要です。今すぐ役に立つわけではありませんが、スリランカの将来的な経済発展には欠かせないと思います。それらは良識のある、透明性の高いものでなければなりません。」

コメント