何がなんでもペットを救出
タチアナさんはこの半年間で3回、動物保護施設の同僚と一緒にマリウポリに車で向かい、文字通り、双方の軍隊の砲火に挟まれたペットたちを救出してきた。タチアナさんは現地で活動を始めて以来、これまでに犬40匹、猫80匹、合計120匹のペットをロストフ州のロストフ・ナ・ドヌに運んでいる。飼い主の多くは亡くなっていたり、ペットと飼い主が暮らしていた家が砲撃で崩壊していたり、爆発に驚いて逃げた動物や、飼い主が自身のペットを引き取ることができない、あるいは引き取りたくないなど、全てのペットにそれぞれの経緯と悲劇があるという。
「なぜマリウポリに行こうと決めたか、ですか? 現状を見て、たまらず出かけて行っただけです。餌と食品以外は何も準備せずに行きました。ロストフから現地まで2時間かかりました。何を見たかですって? 街には何も残っていませんでしたよ! 死体、壊れた車… ペットは探し出す必要さえありませんでした。どこにでもいたからです。動物たちは食べ物が欲しくて這い出てきたんです。崩れた建物の中にはペットが至るところにいました。現地に残っている地元の人たちや軍人たちが、ペットが隠れている場所を案内してくれました。ペットの多くが怪我を負っていました」タチアナさんはこう語っている。
マリウポリの通りと地下室で見たものは
タチアナさんの話では、街には取り残されている野良動物やペットがうろうろしている。通りをうろつく動物もいれば、地下室に隠れている、瓦礫に埋もれている動物も、飼い主のいない人気のないアパートに独りぼっちで取り残されたペットも目にした。いずれのケースも破滅的な状況だった。
「飼い主が(2、3日で帰ってくる)と思って、出るときにアパートの部屋に鍵をかけ、ペットを閉じ込めてしまう例が多かった。こういった場合は、ペットは大抵がアパートの中で死んでいました。私たちが閉じ込めれたペットについて知るのは1ヶ月経った後ですから。鳥もウサギもチンチラもそうやって死んでしまったのです。もちろん、猫はほとんどの場合生き延びていましたが、ひどくやつれて、痩せ細っていました。犬も同じです。ある看護婦さんは病院に勤めで、週に2回だけ家に帰り、飼い猫に餌をあげていました。しかしある日、病院ごと避難させられて、彼女も車に乗せられ連れて行かれたので、家に帰ってペットを連れ出すことができませんでした。彼女は私に家の住所を知らせ、私たちは軍人と一緒にアパートのドアを開けました。そうしないと、犯罪行為、略奪行為とみなされますから」
タチアナさんたちの主な目的は動物を救い出すことだったが、何らかの理由で家から離れることができない人々のことも忘れてはいなかった。
「マリウポリの人々は、私たちが来たことをとても喜び、支援を求めて列に並びました。私たちは犬や猫にはペットフード、寄生虫避けの薬を、住民には食べ物を持って行きました。衛生用品、缶詰、瓶詰のお粥など、食べられるものはすべて事前にひとまとめにして包んでおきました。現地の人々は、水もガスもなく、たき火で調理しているからです。ろうそく、マッチ、子どもたちには塗り絵やお菓子、大量の水も持って行きました」
砲撃、銃撃の中、瓦礫の下から動物を救う
タチアナさんは、ロシア人兵士たちが最初、自分たちに見せた反応は一様ではなかったと語る。2人連れの女の子らが戦闘の真っただ中に動物を探して歩いている光景は驚愕を呼ばないわけにはいかなかった。
「動物に餌をやってくれていた兵士たちはものすごく歓迎してくれて、ボランティアで一緒に車に乗って私たちを守ってくれたんです。この兵士たちも動物にも餌をやってくれていました。検問所には犬が2匹住み着いて、猫も何匹か来ていました。兵士たちは自分たちに軍から支給されていた食料をほとんど全部、動物に与えていたのです」
タチアナさんたちは兵士たちと一緒に瓦礫の下には這って入り、動物たちを救い出していた。戦闘が始まると、ロシア兵たちは身を挺してタチアナさんたちを守ってくれた。
「私たちの車は砲撃、銃撃の中を進みました。平穏な時ではありません。私たちが猫や、この火傷したロットワイラー(犬種)を捕まえようと瓦礫を掘りかえしている時、兵士たちは私たちの背後を護衛してくれました。敵は私たちを狙って撃ってきましたよ。足元を狙ったり、頭上を撃ってきたり。すぐ近くを爆破されました。これは私たちを狙って、わざと撃ってきたんです。周りには私たち以外には誰もいなかったのですから。これはアゾフスタリ製鉄所のすぐ近くで、動物たちを探して瓦礫を掘り起こしている最中のことでした。そこには人っ子一人いません。餌を与える者も、瓦礫を掘り起こす者もいない。瓦礫は元2、3階建ての古い団地で、そこにいたのはすべてアパートで飼われていたペットです。ペットたちは団地が爆撃されると、外に飛び出して地下室に隠れていました」
新たな生活
中でも一番酷い傷を負っていたのがロットワイラーの老犬、リッチーだった。このリッチーをタチアナさんは自分の命を危険にさらしてまで救いだした。
「リッチーはものすごい大火傷を負っていました。後でわかったのですが、飼い主の女性はリッチーを近所の人に預けていたのです。飼い主は3匹の小型犬はなんとか一緒に避難できたのですが、この犬は大きすぎて連れていけなかったようです。預かった人は家に爆弾が落ちて、殺されてしまった。犬が瓦礫に埋まった状態で火の手が上がりました。だからリッチーは酷い火傷を負ったんです。頭と右側全体が焼けただれて、とてもひどい状態だった。リッチーを引きずっていた私の背中に敵は撃ってきました」
犬は重傷を負っていたが、タチアナさんは自分が引き取った。あとでリッチーの飼い主がサンクトペテルブルクに避難していたのを見つけ出すことにも成功した。でもリッチーと飼い主の再会はまだ叶っていない。リッチーは保護施設に暮らしている。ここは自分の家でもないし、家族もいないが、それでも安全であることには違いなく、リッチーの状態は良好だ。
タチアナさんが新しい家族を見つけてあげたペットの家庭は大半が似たような運命をたどっていた。飼い主が亡くなり、近所の人が救出、保護しようとしたが、タチアナさんたちがやってきたときには動物をボランティアのところに連れてくるというように。
タチアナさんの話では、マリウポリから救出された動物たちのために、わざわざ保護施設を訪ねてくる人がいるおかげで、ほとんどすべての動物たちが元の家族に戻るか、新しい飼い主を見つけることができた。約38匹がカリーニングラードからシベリア、時には外国にまで、飼い主の元に送り届けられた。
「この前、マリウポリにペットを探しに行ったときはちゃんと最初から長い住所録を書き出しました。ロシアからもウクライナからもペットを探してくださいと連絡が入ってきて、見つかるときもあれば、ダメな時もありました。飼い主は皆、感謝し、今、ペットと一緒に暮らしていますと手紙をくれました。他のペットには新しい家族を見つけてあげました。今、施設に残っている15匹は、飼い主から『助けてください』と懇願されたのに、見つかったら、『ありがとう、これで安心して眠れます』と捨てられた動物たちです。あんなにペットを助けて、瓦礫の下から救い出してと懇願していたのに。引き取り手が現れなかったのは猫14匹と犬1匹です」
動物保護施設「忘れられた心」の資金はまだまだ足りない。このために、マリウポリや他の都市への出張は近日中には予定されておらず、新たにペットを受け入れることも物理的に不可能だ。施設にはすでに126匹の猫と200匹の犬が暮らしており、そのうち37匹は障害を負っている。彼らを食べさせるだけで毎日、ドライとウェットのキャットフードが95キロ、ドッグフードは55〜60キロも必要だ。ロストフにある2校の学校は児童の給食の残り物、おかゆ、肉などを少しずつ持ってきて、助けてくれている。それでも資金はまだ足りない。必要なのは食料だけではない。路上から救出された動物たちは治療が必要だ。元気になって、ワクチン接種を受けて、初めて家族探しを始めることができる。