外国人写真家が見たモスクワ夏季五輪

1980年7月19日、モスクワでは第22回夏季オリンピックが開幕した。このオリンピックには、前年1979年に始まったソ連のアフガニスタン侵攻を受け、日本の他、米国や中国、ドイツなど世界67カ国地域がボイコットすることになった。大きく閉ざされたこの大会は果たして外国人の目にどう映っていたのか。スプートニクは、外国人カメラマンが記録した、大会の準備から開幕までのモスクワの様子をご紹介する。
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ドイツ・シュトゥットガルト近郊の衣料品工場で、ドイツ語圏向けに生産しているモスクワオリンピックのエンブレムが入った5種類のTシャツを掲げる女性たち(1980年2月撮影)

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レーニン・スタジアム(現:ルジニキ・スタジアム)での開会式で披露されたロシアの民族舞踊(1980年7月19日撮影)

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モスクワで、オリンピックの準備として外国語の教習を受けるタクシー運転手たち(1979年12月17日撮影)

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レーニン・スタジアム(現:ルジニキ・スタジアム)に、ラップで覆われた巨大な人形を運び入れるトラック運転手たち(1980年7月15日撮影)

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モスクワで、聖火ランナーのユニフォームを着てポーズをとる女性(1979年撮影)

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モスクワのオリンピック村にて、メキシコの飛び込み選手、サルバドール・ソブリノさんにキスをするジンバブエの飛び込み選手、アントネット・ウィルケンさん(1980年7月28日撮影)

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開会式のリハーサルのため、モスクワのレーニン・スタジアム(現:ルジニキ・スタジアム)の外で待機する女性たち(1980年7月23日撮影)

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レーニン・スタジアム(現:ルジニキ・スタジアム)で行われた開会式で、人文字で作られたパルテノン神殿を背景に運ばれる五輪マーク(1980年7月19日撮影)

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モスクワのバーテンダーに西洋風のカクテルの作り方を教えるカナダの酒造メーカー「シーグラム」の関係者(1979年12月17日撮影)

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モスクワの赤の広場を観光で訪れたニューヨーク出身の夫婦(1980年7月29日撮影)

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レーニン・スタジアム(現:ルジニキ・スタジアム)で行われた開会式で、古代ギリシアの服装を来てパレードを歩くダンサーたち(1980年7月19日撮影)

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レーニン・スタジアム(現:ルジニキ・スタジアム)周辺の記念品売り場に群がる人々(1980年7月9日撮影)

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モスクワで「スポーツは平和に奉仕する」と書かれたオリンピックの看板を眺める市民(1980年4月23日撮影)

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雨の中、モスクワの赤の広場を観光で訪れたイタリアの女子フェンシングチーム(1980年7月21日撮影)

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