「憲法99条では、首相を含むすべての公務員に憲法尊重擁護義務が課されています。ただし、国会議員だけは国民の声を吸い上げて改憲発議をすることができますから(憲法96条)、その限りにおいてこの99条の義務が例外的に解除されていると解することができますが、首相の立場で、現行憲法を改正するという積極的な意欲を示したのであればこの憲法99条違反にあたります。
国会議員は国民が望んでいる改憲課題について、その声を吸い上げて、改憲発議をするのですが、ここでも問題があります。まず、国民が改憲を本当に望んでいるのかということです。国民は改憲などに800億円もの経費を使うよりも、30年以上にわたる低成長・低賃金やG7諸国の中でも一人当たりのGDPが最下位に落ち込んでしまったことに象徴される経済の低迷からの回復など、日々の暮らしを改善することを政治に求めているのであって、憲法改正の必要性を感じて、その発議を国会議員に求めているという現状はありません」
「憲法改正は国会議員による発議によって国民投票が行われますが、その発議する国会議員は正当に選挙された国民の代表者でなければなりません(憲法前文、43条1項)。ところが、現在の国会議員は、衆議院議員も参議院議員も投票価値が是正されていない非人口比例選挙で選ばれた議員ですから、憲法が要求する正当に選挙された国民の代表とはいえません。このような人達には改憲の発議をする正統性がありません。そもそも現在の非人口比例選挙によって選出された議員には改憲発議をする資格がないのです」
「現在の国民投票手続法においては、国民投票運動について適切な規制がなされていません。たとえば、投票運動の資金制限がありませんから、資金力によってテレビ・ラジオ、インターネットなどの広告をいかに大量に行えるかで差が生じてしまいます。企業、外国人も運動に参加できますから、外国の軍需産業であっても広告の資金を提供することは問題なく可能となります。テレビ・ラジオの勧誘広告の規制は投票日2週間以前は自由に行うことができます。タレントなどが自分の意見をいう広告は投票日当日まで可能です。さらにインターネット広告規制は一切ありませんから、ネットやSNSなどに大量の広告を流すことができます。これでは、国民が、対等で適正な情報に基づいて冷静に憲法改正の是非を判断することは困難です。こうした手続法を公正なものに整備してから初めて、改憲の中身の議論ができるのだと考えます。手続の適正さを無視した改憲論議は許されません」
「現在の憲法のどこが不都合で、なぜ改憲の必要があるのかを具体的に示して、その問題の解決には改憲しか方法がないのかをしっかりと検討する必要があります。具体的な改憲の必要もないのに800億円以上もかかるといわれる国民投票を行うことは無駄である以上に有害です。
自民党は憲法改正が結党の目的になっていましたから、特に必要性がなくても憲法改正をして自主憲法と呼べるものにしたいのだと思います。2012年には現行憲法とは全く逆の思想に基づいた憲法改正草案を発表し、国防軍の創設などを提唱していますが、未だに撤回せず維持しています。2018年には、安倍元首相が自衛隊明記、緊急事態条項の創設など4項目を掲げましたが、そのときも国民から改憲の必要性の声は全くあがりませんでした」
「現実問題としては無理だと思います。改憲を強く望む国民が多数いるときには、その国民の支持を期待して改憲発議をすることがあるかもしれませんが、現状はそうではありません。仮に発議をして国民投票で否決されてしまったら、とてつもなく大きな政治的ダメージを受けることになりますから、自民党も相当慎重になるはずです。そのため現状では自民党内から具体的な条文案が出てくることはかなり難しいのではないでしょうか。首相の改憲に関する発言は、党内の改憲派の議員への配慮という意味が相当に強いと考えます」