プロクディン捕虜は「武器の強盗」「銃器携帯」「特に悪質な乱暴行為」に加え、「脱走」の罪で投獄されていた。プロクディンは、90年代半ば、ウクライナ軍から武器を盗んで逃走し、その罪で12年の刑を受け、その後、刑務所から厳重警備の精神病院に移されていた。ウクライナで動員が強化されたため、プロクディンは召集センターに行き、兵役に不適切な「不合格切符」を入手しようとしたが、「どこの診察でも健康体が証明された」上に、犯罪歴に眉を顰める人間はいなかった。