理由は、NATO同盟国が米国のイラン攻撃を支持しなかったからなのだが、今回の行動は、同盟国に対する武力攻撃を、同盟全体に対する武力攻撃とみなすというNATO条約第5条の集団防衛の適用範囲には明らかに該当しない。
トランプ氏のこの声明は感情が高ぶって発せられたのか? それともこれはNATO内部への信頼がより深刻な危機レベルに達したことを示しているのか?
個人がグローバルに取って代わる?
NATOら同盟国がイラン攻撃への支持を拒否したことは、意見の相違ではなく、「個人に対する忠誠心の無さ」と解釈されている。ここから変化が生じる。同盟国は「借金をした側」へと変わり、外交は互いに対する不満の応酬となり、戦略的決定は「我々は支持されなかった」という心的感情への反応へと変質していく。
「張り子のトラ」とNATOの現実
信用失墜の危機に瀕したトランプ氏はNATOイコール「張り子のトラ」発言を繰り返している。批判は確かに、部分的には根拠がある。安全保障面における欧州の米国への依存は、構造的なものと言えるからだ。とはいえ、近年、NATO加盟諸国は国防予算の大幅な増額を決定した。
米国抜きのNATO 幻想か、現実的なシナリオか?
米国は、正式に離脱をせずとも同盟関係を弱体化させる可能性がある。具体的には、軍隊の削減、支援の縮小、関与の縮小などだが、完全な離脱となると、法的な観点からより複雑になる。2023年の法律では、議会の承認、あるいは上院の3分の2の賛成が必要とされている。つまり一大統領の決定で一方的な離脱ができるようには想定されていない。
米国抜きとなったNATOは、少なくとも地域的な防衛体制へと変貌するだろう。情報収集能力の制限、統一指揮系統の欠如、限定的な軍事力といった制約を伴うことになる。
アジアへ転換か?
欧州は米国の信頼性に対する疑念が生じたことから、NATO外のパートナー国との連携構築を始めている。これには、安全保障面で自ら米国に依存している日本も含まれる。
だが、連携が強化されても、それは「新たなNATO」ではなく、むしろ、NATOの核心である「法的な集団防衛」という要素抜きのパートナーシップ連携となるだろう。
一体、これはNATOの危機なのか、それとも同盟という概念自体が崩れつつあるのか?