緊急着陸が、ある種の「政治的メッセージ」だったとする意見は、あらゆる事から判断して、台湾でも、また中国本土でも大半だ。ロシアの戦略・技術分析センターの専門家、ワシーリイ・カーシン氏も「米国は、まず第一に、そうする事で太平洋西部における中国の軍事的積極性の拡大を認めない態度を誇示したのだ。そして第二に、米国は台湾を守る用意がある事を示したかったのだ」と見ている。
米国は、今回の事件を公式的には、2機の戦闘機は、沖縄の嘉手納基地から国際軍事演習に参加するためフィリピンに向かっていたが、1機のエンジンに不具合が生じ、台湾の台南基地への着陸を余儀なくされた、と説明している。しかし、もし実際に着陸せざるを得なかったとしても、それが行われた時、そして場所は相応しいものではなかった。
まず多くの観測筋はすぐに、14年前の悲劇的事件を思い出した。2001年4月1日、南シナ海上空での米国の偵察機EP-3と緊急発進した中国の戦闘機との衝突事件だ。その結果、中国人パイロット一人が亡くなっている。さらに、今回の出来事に先立ち、台湾東方沖では中国空軍の爆撃機による大規模な演習があった。そして台南基地自体、かつて台湾における米国の軍事プレゼンスの主要なかなめの一つであったことは、よく知られている。おまけに、台湾のマスコミ報道から判断すれば、この30年間、米軍機は、アジアに頻繁に渡来してきたにもかかわらず、台湾に緊急着陸しないで済ませてきた。
こうした事から、米軍機の着陸は意図的だったのではないかと考える中国本土の反応はどうなるか、との問いが出てくる。中国政府は、台湾への米国製武器供与に対してさえ、通常、極めて厳しく反応する。今回は、そうした状況より中国人にとってはるかに深刻な事態だ。戦闘機が2機、台湾に着陸したのである。
現時点で中国は、外務大臣による公式的な抗議のみにとどめている。なぜ中国の反応が、それほど強硬ではないのか? なぜなら、中国側から今、強硬な政治的措置を講ずるには明らかに時期が悪いからだ。米国は、この事を非常に良く理解している。ここ数週間及び数か月、中国は、米国の不満を呼び起こした一連の重要な地域的イニシアチブを取ってきた。
例えば、アジアインフラ投資銀行に加わらないようにとの、パートナー国に対する米国の説得の試みは完全な失敗に終わった。中国は又「新シルクロード経済圏構想」や「21世紀の海のシルクロード構想」に関する、より詳細なプランを発表した。中国が関与する外交スキャンダル、中でも台湾をめぐる軍事的緊張の高まりが生ずれば、実現の初期段階にあるこうした中国の地域協力プログラムは好ましくない影響を被るに違いない。
さて今回の緊急着陸は、よく考え抜かれたものといえるだろうか? 恐らくそうとは言えない。確かに中国は、現在の状況の特殊性から、抑えた反応をせざるを得なかった。しかし台湾問題は、中国にとって極めてデリケートで非常に重要なものだ。今度は中国政府の方が、最もはっきりとした形で米国に対し、今回の事件に対する自分達の不満を示す事のできる、しかるべきチャンス到来を待つに違いない。