展覧会の着想について現代カリグラフィ美術館のマネージャー、リュドミラ・ツァリコワ氏は次のように語っている。
「わが国における平穏な生活と平和を守ってくれた先行世代への敬意を表したい、との強い願いがあった。戦争の数年間、何とたくさんの死者が出たことだろう。世界各地でルソフォビア、つまり嫌ロシア主義の発現が見られ、歴史の改竄や隠蔽が行われている今こそ、戦没者に敬意を示す必要がある。当館はカリグラフィ美術館だから、敬意は手書きの文字をもって示すのが至当というわけだ」
お題は、戦争を題材とする章句を選び、それを美しい字と装飾で飾ること。また、前線の歌、戦争詩、歌、バラード、戦争年間の文学作品の一節を美しい字で書くのでもよい。既に一家をなしている書家も、また、初心者も参加している。ロシア人としてただ一人、自費によって現代カリグラフィ美術館で個展を開催したヴィターリイ・シャポワロフ氏の作品と並んで、若き芸術家の作品たちが飾られている。たとえば、モスクワ出身の若き書家、ユリヤ・コルス氏。今回はじめて作品を出展した。「偉大なる勝利、おめでとう!」というその作品で、コルスさんは陽気な、明るい、桃色から赤色の色調を選んだ。
「私は勝利の喜びを伝えたかった。だって私たちは勝ったですもの。赤をバックに、金色を添えて、白い星を描いた。赤と白は勝利の色として選んだ。金は表敬と祝祭を象徴している。私は、気分をより良く伝えるために、写真や、映画を見た。はじめは、どうして人々はこのような恐ろしい戦争を阻止できなかったのか、ということに憤りを感じた。だがのち、戦争時代に生まれた母と話すことを通じて、勝利が全ての人にとってどれほどの喜びだったか、ということを理解した。勝利というのは、偉大この上ない成果であり、それをソビエト人民は手中にすることが出来たのだ、と」
ユリヤ・コルス氏は勝利の喜びを表現した。一方、またひとりの参加者、スタシコワ・アレーナ氏は、1941年に書かれたボリス・パステルナークの「恐ろしい話」という詩を、見事に描いてみせた。パステルナークの詩行は子供の絵をかたどっている。子供たちの目は恐怖と不安に見開かれている。また「ベラルーシのコウノトリ」と題された作品では、天たかく飛ぶコウノトリに武器の照準が合わせられており、これも罪なくして戦争の犠牲となった人たちのことを思い起こさせる。
また、最も歳若い芸術家の作品として、11歳から13歳の手になるものが壁中に展示されているコーナーもある。美術館付属カリグラフィ教室の生徒たちだ。戦争年間の歌に寄せた文字と絵、たとえば「カチューシャ」、「青いプラトーク」、「ベルリンへの道」を題材とする作品たちである。
「偉大なる勝利のカリグラフィ」展は5月5日オープン、17日まで続く。出展作のうち49作品が、作者によって美術館に寄贈された。マネージャーのリュドミラ・ツァリコワ氏は、戦勝記念日に合わせたカリグラフィ展を毎年恒例のものとする考えだ。寄贈された作品は、戦争がテーマのコレクションとして、翌年以降の展示に回すという。来年の展覧会には、テーマの逸脱さえなければ、どの国の書家でも参加することが出来るという。「カリグラフィはいつもテクストとともにある。日本にも数々の戦争に関するテクストがある。日本も戦争で膨大な犠牲を出した。広島、長崎など・・」とツァリコワ氏。氏はカリグラフィ歴8年。戦争にまつわるあらゆる思考、あらゆる記憶は紙の上に表現できる、と信じている。