今年11月、ミャンマーで、25年ぶりの自由選挙が行われる。アウン・サン・スー・チー氏は絶対的一番人気である。つまり、大統領候補である。ロシア科学アカデミー極東研究所のタチヤナ・シャウミャン研究員によれば、それこそが、中国が今アウン・サン・スー・チー氏との接触を始めた動機であろう、とのことだ。
「中国の政策には明らかに一定の変化が見られる。アウン・サン・スー・チー氏は大物であり、非常に権威ある存在であるという事実を認めたのである。これは実に重要なシグナルである。なぜなら、ミャンマーは中国の権益圏にいるのである。中国の対ミャンマー関係は複雑だ。むろん、いかに問題を解決するべきか、あるいは、少なくとも解決のためのあらゆる道をいかに探るかという問題がある。中国のこの一歩が、ミャンマー社会によい印象を与える」
2012年9月20日、アウン・サン・スー・チー氏が米国のオバマ大統領と会談したとき、中国は強い苛立ちを示した。それは単なる儀礼的会談ではなかった。その会談で米国は、それまでミャンマーに独占的な影響力を有していた中国に対し、挑戦状を叩きつけたのだ。米国は、外交的封鎖の解除、経済制裁解除を宣言した。これにEU、日本、韓国、豪州も続いた。今やこれら国々の投資は中国からのそれに十分拮抗している。それにともない、中国に過度に依存した状況がミャンマーの政界および社会において強い苛立ちを呼ぶようになった。
ミャンマーで米国、EU、日本、韓国、豪州の立場が強まる中で、中国は、自らの投資の安全を保障するための追加措置を早急に取る必要に迫られた。それがアウン・サン・スー・チー氏を北京に招待したことのふたつめの理由であった。外交アカデミー東洋研究センターのアンドレイ・ヴォロディン所長はそう語る。
「中国は、というか、習近平国家主席は、ミャンマーにある社会的・政治的パワーと全面的な対話を行う必要性を認めたのだ。中国の新しい政治が誕生する。諸隣国との、よりオープンな政治だ」
アウン・サン・スー・チー氏を中国に招いたこと。それは、中国が政策を多元化し、かつ深化させようとしているとういことの、ミャンマー政府に向けた明らかなシグナルである。