しかしゼーリック氏が、親中国的立場から、こうした批判をしたとは思えない。なぜなら彼は、合衆国通商代表として、米中の貿易問題をめぐり中国側と極めて厳しい交渉をしてきた人物であり、中国政府にシンパシーがあるとは到底思えないからだ。ゼーリック氏は、アジア・インフラ投資銀行創設というイニシアチブは、中国が何らかの極秘計画を持っていることの証明とは見ておらず、世界的発展の客観的傾向から来ているのだと捉えている。世界経済や政治におけるアジア太平洋地域の比重が高まっていることの反映だと言うわけだ。実際のところ、まさにそうした理由から、西側の複数の国々は、中国のプロジェクトである、この銀行に参加した。
初めに参加を表明したのは、英国だった。米国はすぐさま、それを激しく批判した。ホワイトハウスは、英国政府を「中国の利益に絶えず譲歩した」と非難し、AIIBへの加盟決定は「事実上米国との協議なしに決められた」と不満をあらわにした。そうした形で米国側は、アジア太平洋地域も含めた同盟国に対し、彼らの自主的政策決定をあらかじめ実際上禁じたのである。
ゼーリック氏は、新聞Financial Timesの論文の中で、この問題をデリケートに避け、米国による同盟国への圧力ではなく、銀行の創設が事実上、合衆国の利益にかなっているということに話の重点を置いている。米国が持ち出した基本的な論拠は、アジア・インフラ投資銀行(AIIB)は、IMF(国際通貨基金)と世界銀行に対する挑戦状だと言うものだった。
モスクワ国際関係大学東洋学部のドミトリイ・ストレリツォフ学部長は、そうした論拠について「かなり狭いものの見方で、問題を全く正しく捉えていない」と考えているー
「もちろん、アジア・インフラ投資銀行(AIIB)は、世界銀行やIMFとは、質的に別の機構体だ。IMFや世界銀行は、経済的安定や財政支援のために創設された。一方中国がイニシアチブをとるAIIBの方は、直接投資を行う銀行ではなく、全く別の計画に基づく銀行だ。そのため競争関係になることはないだろう。しかし、AIIBが、ブレトンウッズ体制(ドルと各国の通貨価値を連動させた金ドル本位制)が危機の中にある世界金融の発展動向を反映しているという点を指摘する必要がある。」
米国は、世界の金融市場における新しいゲーム・ルールが徐々に成熟してゆく過程に参加するか、それともそうした新しいルールに断固反対するか、という選択に直面している。米国政府は今のところ、対決的バリエーションを選択しつつあり、実際上、少数派になりつつある。今回ご紹介したゼーリック氏の論文は、まさにこの点に注意を向けたものだ。
ゼーリック氏は「米国は、人気があり、恐らく発展してゆくであろうアジア・インフラ投資銀行(AIIB)に対し反対の立場を示しながらも、慎重さを示さなくてはならない」と指摘しながら、又、米国が国際関係の新しいシステム形成に向けイニシアチブを失いつつある事に注意を促している。
他の多くの専門家が指摘しているように、米国がイニシアチブを失いつつある理由は、そもそも彼らがいかなる競争相手であれ持つ事を欲せず、アメリカのルールにおとなしく従う者達とだけ行動したい、そう望むのを止められない点にあるのだ。