ラジオ「スプートニク」はこうした将来性が大きな危険を孕んでいるとして憂慮を表すロシア人東洋学者のヴィクトル・パヴレテンコ氏に、インタビューを試みた。
「傾向はもちろん憂慮すべき状態だ。日本は広島原爆投下から70年を迎えようとするときに、こんなことを行なっている。
日本が核兵器を運搬するのかどうかは我々にはわからない。だが、そのための権利を日本は手元におき、まさにそれによって米国の軍事連合国として、またこの地域の新たな軍事力としての自国の地位を引き上げている。
もちろんこれは中国が行なう政策の頂点で行なわれていることだ。日本は謝ることにヘキヘキしてしまった。そこで自らの権利を主張するための帰結を見出したのだ。
だからといって、明日にも核兵器の輸送を行なうというわけではない。しかも法律はまだ採択されていないからだ。ところが言葉としては発せられた。私はこれは中国に対抗する上での切り札が使われたものと見ている。
これに加え、日本は南シナ海で中国に対立する役割を活発化させ、フィリピンと軍事演習を行い、初めて米豪との3者合同軍事演習に踏み切った。このため、こうした背景で核兵器の輸送の合法性を云々する科白は、謝罪の政策を退け、安倍氏が行なう攻撃的政策の活発化という路線では論理に叶っているように見える。」
Q:でも、中国はこんなことに驚かず、独自の路線を執拗に続けることは歴然としている。こうした政策が中国との対立を招く危険性があると日本人は意識しているだろうか?
A「とはいえ、核兵器の輸送を行なう権利はそれを保有する権利ではない。多くの日本人専門家らや高官は、日本は核兵器を作ることができると幾度も語っている。実際、日本はそのための技術も財政的な可能性も持っている。だが、これを許可するのは誰だろうか? 私は米国人だと思う。
米国は不幸な300キロのプルトニウムを、これが日本の中で紛失してしまわないよう、返すよう要求した。このため、現段階では我々の眼には言葉の上の戦争しか見えない。だがそうした言葉の裏には具体的な行為が控えており、これはすでにシリアスで危険なことなのだ。
仮にこれは直接的に中国に対抗したものでなかったとしても、繰り返し言うが、日本が核兵器を輸送する権利を有しているということ自体、この地域における日本の軍事政治的地位の枠をすでに広げているからなのだ。」
パヴレテンコ氏は、これこそ安倍内閣が目指しているものだと語る。安倍氏は一体、日本の軍事政治的地位をどこまで引き上げるつもりなのかという問題だが、他人の核兵器を輸送する権利の宣言に続いて、核を作る権利の要求につながることはないのだろうか?