日本の無条件降伏後、1945年9月2日、100万人を越える日本人がソ連赤軍の捕虜となり、ラーゲリ(収容所)に送られた。日本の厚生労働省の記録によれば、その後日本に帰国したのは、およそ73万人だった。
今年初め、日本政府は、ソ連における日本軍人捕虜の運命に関する、これまで極秘とされてきた数々の文書の詳しい調査を開始した。当時読売新聞が報じたところでは、この件に関する700を超すファイルが、ロシア連邦国立アーカイヴに保管されているとの事だ。やっと2012年になって極秘扱いが解除されたため、日本側は、つい最近まで、そうした文書の存在を知らなかった、という。日本政府は資料を調査し、これまでのところ、資料には、ソ連領内で亡くなったか、あるいは行方不明になった人など日本の軍人捕虜に関する、以前には知られていなかった数多くのデータが含まれていることを突き止めた。
日本政府は、新しい資料の詳しい調査が進めば、日本軍人に関する出来事に光を当てる事ができると期待している。なお報道によれば、昨年12月にロ日両政府の話し合いでは、日本側が諸文書の調査を実施する事で合意が得られている。
シベリアで亡くなられた日本の軍人捕虜の方々のご冥福を、そして調査がさらに進むよう一同心からお祈り申し上げます。