選考結果を発表したのはアカデミーの新総裁に就任したサラ・ダニウス氏。ダニウス氏は、アレクシエーヴィチ氏の選考理由について、「ポリフォニー(多声)的な創造を讃えて。我々の時代の苦しみと勇気の記念塔として」と語っている。
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ氏は1948年生まれ。大学での専攻はジャーナリスト学。長年にわたりソ連邦ベラルーシ共和国の新聞、雑誌で働いてきた。
1985年、アレクシエーヴィチは『戦争は女の顔をしていない』を出版する。これは第2次世界大戦で多くの苦しみを味わった女性たちのモノローグを集めたものだ。
アレクシーエヴィチ氏がノーベル文学賞の候補者にノミネートされたのは2013年。この年、スウェーデンで新著『(仮題)セカンド・ハンドの時間』が出版され、ブックメーカーらはアレクシーエヴィチ氏を受賞ランキング3位に据えた。この年、ブックメーカーらの予想では受賞ランキング2位はカナダの女流作家エリス・モンローだったが、モンローはこの年、受賞を果たしてしまった。2014年もアレクシーエヴィチ氏は再び受賞候補者第3位に入れられたが、賞をさらっていったのは仏のパトリック・モディアノだった。
ロシア人作家のドミトリー・ブィコフ氏は、「ガゼタ・ル」からのインタビューに対して、スヴェトラーナ・アレクシーエヴィチはベラルーシ出身のオピニオン・ジャーナリズムの大作家、アレーシ・アダモヴィチ氏の最良の弟子として、次のように語っている。
「アダモヴィチ氏は、これは良く知られているセリフだが、20世紀の悲劇について書く際に、文学作品の散文用の言葉を用いるということはつまり、人間の感情を侮辱する行為だと断言していた。カタストロフィー、戦争、個人的な悲劇について語るとき、美辞麗句はあってはならない。アダモヴィチはそう考えていた。そしてどうやら、スヴェトラーナ・アレクシーエヴィチも同じように考えているようだ。」
アレクシーエヴィチ氏へノーベル文学賞授与が決まったことについて、ブィコフ氏は、ノーベル賞委員会が何よりも重点を置くのは、テキストの持つ社会的意義であり、その芸術的価値は二の次であることを示しているとして、さらに次のように語っている。
ブィコフ氏は、アレクシーエヴィチ氏はソ連時代から数えて、5人目のノーベル文学賞受賞者となったと指摘している。
「もちろん、ベラルーシは独立国だ。だがアレクシーエヴィチは書き手として形つくられ、名声を得たのはまさにソ連時代だった。だから我々にとっては、彼女は同国人なのだ。」
これまでロシア語で作品をつづり、ノーベル賞を受賞した作家は、アレクシーエヴィチを含めて実は6人。最初は亡命先の仏で受賞したイヴァン・ブーニン、『ドクトル・ジバゴ』を書いたボリス・パステルナーク、『静かなドン』のミハイル・ショーホロフ、『収容所群島』や『イワン・デニーソヴィチの一日』を書いたアレクサンドル・ソルジェニーツィン、そして詩人のヨシフ・ブロツキーがいる。