長浜氏はロシアのビジネススクールとしては最高ランクの、サンクトぺテルブルク大学経営学部に留学し、ロシアのIT最新事情を把握するため、自力で多くの都市を回った。その中でも注目すべきは、モスクワから東へ800キロ、タタールスタン共和国の首都、カザンだ。長浜氏は「あと五年もすれば、カザンはロシアのIT分野の中心地になるだろう」と見ている。
ロシアは政府を挙げて、ITベンチャーの成長を促進させようとしている。モスクワには既に国家プロジェクトとして、経済特区「スコルコヴォ」を建設済みだ。ロシアのシリコンバレーとも言われるスコルコヴォには、情報技術や医療分野を初めとする重点分野の企業が入居し、税制優遇などの恩恵を受けている。経済が天然資源に依存しているロシアにとって、企業家を育成しイノベーションを起こすことは悲願でもある。
長浜氏によれば、国によるITベンチャー促進とは具体的に言えば、スコルコヴォやインノポリスのような施設=ハコモノを作ることに加え、新しいアイデアやベンチャー企業を邪魔しないということだ。
長浜氏「国は、アイデアを出すという形では手伝うことはできません。国ができるのは民間のアイデアの『邪魔をしない』ようにすることです。経済特区は国が主導になって管理しているというイメージがありますが、ロシアだからといって規制が多いわけではありません。次第に自由競争を取り入れる波が起きています。例えば日本では規制の強いタクシー業界ですが、ロシアでは既にアメリカ同様のサービスが提供できています。この点では日本よりもロシアの方がITビジネスに対して柔軟だと言えるでしょう。」
例えば、冒頭の日露貿易産業対話では、ロシアに見られる独自性の例として、タクシーの呼び出しサービスが高く評価された。しかしこれは、日本では規制がかけられているためうまくいっていない。富山県南砺市(なんとし)では、交通の便がよくないため、米ウーバー社の協力の下、相乗りできる車をスマートフォンで呼び出すサービスを導入しようとしていた。しかしタクシー業界の反発が激しく断念することを表明した。福岡市では昨年、やはり米ウーバー社が有償で相乗りの実証実験を行ったが、国土交通省より「道路運送法に抵触する可能性が高い」との指導が入り、サービスの実施は取りやめになった。日本では時として利便性の追求よりも、既存の業界団体の利益の方が重視される傾向にある。
また、長浜氏が「ロシアITベンチャーの成功の共通点」として挙げるのは、実学への強さだ。ITベンチャーの経営者と言えば一般に若者のイメージが強いが、ロシアの企業家は30代から40代といった、一段階上の年齢層も厚い。そのほとんどが数学や物理学といったサイエンスの分野で博士号を有している。日本の企業家の多くがビジネス・スクールでMBAを取るのに対し、ロシアのIT企業家は、実学のスペシャリストとして自分が積み上げてきたキャリアから、経験に基づいたビジネスをしている。
長浜氏は「日本企業には、ロシア特有のIT企業を買収して、CIS市場のシェアを取りにいける可能性が大いにある」と、市場としての価値も評価している。