イワノフ氏の人生のほとんどはジャーナリズムと日本と結びついていた。イワノフ氏は雑誌『今日の日本 «Япония сегодня»』、『新時代«Новое время»』、『惑星のこだま«Эхо планеты»』に執筆し、長年、ビジネス紙『コメルサント』の外交政策部の記者を務めていた。国際交流基金の招きにより、東京大学社会情報研究所で日本メディアの研究を行った。
イワノフ氏は2012年、「ロシアの声」(スプートニクの前身)日本語課に就職した際にはすでにジャーナリストとしての大きな経験と知識を携えており、数々の重要な解説を執筆しただけでなく、後進の指導に積極的にあたっていた。
私たちはここで単に仕事をしているわけではない。家族に喜ばしいことがあれば自分のことのように共に喜び、問題が起きればなんとか解決しようと共に知恵を絞り、悲しいことが起きれば手をつないで悲しみを共に味わってきた。
アンドレイさんは本当に優しい人だった。誰かが困っているとわかると、その人が頼む前に自分からさっさと問題解決に精を出す、そんな頼もしい人だった。権力を恐れず思ったことはずばりと発言した。たくさんの友人に慕われ、アンドレイ、お前が相手なら話をすると信用を勝ちえ、それによってすばらしい記事を書く、本当のジャーナリストだった。
私たちはみな、アンドレイさんの薫陶を受けて勉強し、成長してきた。アンドレイさんの飛ばす冗談に大声で笑い、ユーモアに助けられながらここまでやってきた。
そんな頼もしい編集長を突然失い、私たちは動けないほどのショックと悲しみを味わっている。
アンドレイさんのご冥福を心からお祈りしています。アンドレイさんの近親者の方々に心からお悔やみ申し上げます。
スプートニク日本語課一同