美人コンテスト「ミスワールド」65周年 様々な時代の美の競演!

今からちょうど65年前の1951年7月29日、ロンドンで初の美人コンテスト「ミスワールド」が開かれた。世界一の美女の栄誉を得るために、当時26カ国の代表が競った。あれからこれまでの間に、実にさまざまの美女に「ミスワールド」の王冠が捧げられた。
© 写真 : Public Domain第一回(1951)の優勝者は、スウェーデン代表のキキ・ハカンソン嬢(22)。賞品として宝石のネックレスと1千ポンドの小切手を受け取った。
第一回(1951)の優勝者は、スウェーデン代表のキキ・ハカンソン嬢(22)。賞品として宝石のネックレスと1千ポンドの小切手を受け取った。 - Sputnik 日本
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第一回(1951)の優勝者は、スウェーデン代表のキキ・ハカンソン嬢(22)。賞品として宝石のネックレスと1千ポンドの小切手を受け取った。
© AFP 20221962年のコンテストの優勝者、オランダのカタリナ・ロデルス嬢、3万ギルダーの賞金を受とった。同年彼女は「ミスインターナショナル」にも出場、第三準ミスとなった。そして1964年には、米国人歌手チャビー・チェッカー氏と結婚した。
1962年のコンテストの優勝者、オランダのカタリナ・ロデルス嬢、3万ギルダーの賞金を受とった。同年彼女は「ミスインターナショナル」にも出場、第三準ミスとなった。そして1964年には、米国人歌手チャビー・チェッカー氏と結婚した。 - Sputnik 日本
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1962年のコンテストの優勝者、オランダのカタリナ・ロデルス嬢、3万ギルダーの賞金を受とった。同年彼女は「ミスインターナショナル」にも出場、第三準ミスとなった。そして1964年には、米国人歌手チャビー・チェッカー氏と結婚した。
© AP Photo「ミスワールド」で米国人が初めて優勝したのは、マージョリーウォレス嬢で、1973年のことだった。しかし受賞から3か月後「ミスワールドとして基本的な要求を満たしていなかった」との理由で、王冠は剥奪された。
「ミスワールド」で米国人が初めて優勝したのは、マージョリーウォレス嬢で、1973年のことだった。しかし受賞から3か月後「ミスワールドとして基本的な要求を満たしていなかった」との理由で、王冠は剥奪された。 - Sputnik 日本
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「ミスワールド」で米国人が初めて優勝したのは、マージョリーウォレス嬢で、1973年のことだった。しかし受賞から3か月後「ミスワールドとして基本的な要求を満たしていなかった」との理由で、王冠は剥奪された。
© AP Photo / Dave Caulkin1985年に「ミスワールド」に輝いたのは、アイスランドのホルムフリドゥル・カルルスドッチル嬢。その後彼女は結婚し、3人の子供を出産、一生を家族のために捧げた。
1985年に「ミスワールド」に輝いたのは、アイスランドのホルムフリドゥル・カルルスドッチル嬢。その後彼女は結婚し、3人の子供を出産、一生を家族のために捧げた。 - Sputnik 日本
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1985年に「ミスワールド」に輝いたのは、アイスランドのホルムフリドゥル・カルルスドッチル嬢。その後彼女は結婚し、3人の子供を出産、一生を家族のために捧げた。
© AFP 2022 / Walter Dhladhla「ミスワールド」優勝者の中で、最も有名な一人、インドのモデルで女優のアイシヴァリヤ・ライ嬢。1994年の美の女王。
「ミスワールド」優勝者の中で、最も有名な一人、インドのモデルで女優のアイシヴァリヤ・ライ嬢。1994年の美の女王。 - Sputnik 日本
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「ミスワールド」優勝者の中で、最も有名な一人、インドのモデルで女優のアイシヴァリヤ・ライ嬢。1994年の美の女王。
© AP Photo / Themba Hadebe2001年のコンテストでは、初めてネイティブ・アフリカンが女王に。ナイジェリアのアグバニ・ダレゴ嬢で、彼女の勝利は、母国で非常な歓喜をもって受け止められ、国家勲章も授与された。
2001年のコンテストでは、初めてネイティブ・アフリカンが女王に。ナイジェリアのアグバニ・ダレゴ嬢で、彼女の勝利は、母国で非常な歓喜をもって受け止められ、国家勲章も授与された。 - Sputnik 日本
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2001年のコンテストでは、初めてネイティブ・アフリカンが女王に。ナイジェリアのアグバニ・ダレゴ嬢で、彼女の勝利は、母国で非常な歓喜をもって受け止められ、国家勲章も授与された。
© AFP 2022 / Peter Parks2005年の世界一は、アイスランド代表のウンナ・バーン・ヴィルヤルムスドッチル嬢。彼女は、モデルで女優、法律家で人類学者でもあったため、その多才ぶりから幅広い関心の的になった。
2005年の世界一は、アイスランド代表のウンナ・バーン・ヴィルヤルムスドッチル嬢。彼女は、モデルで女優、法律家で人類学者でもあったため、その多才ぶりから幅広い関心の的になった。 - Sputnik 日本
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2005年の世界一は、アイスランド代表のウンナ・バーン・ヴィルヤルムスドッチル嬢。彼女は、モデルで女優、法律家で人類学者でもあったため、その多才ぶりから幅広い関心の的になった。
© AP Photo / Zhao Yingquan「ミスワールド」で初の中国人優勝者となったのは、2007年のチャン・ツィリン嬢。彼女は北京科学技術大学卒の才媛で、モデルビジネスや映画界でもキャリアを重ねた。
「ミスワールド」で初の中国人優勝者となったのは、2007年のチャン・ツィリン嬢。彼女は北京科学技術大学卒の才媛で、モデルビジネスや映画界でもキャリアを重ねた。 - Sputnik 日本
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「ミスワールド」で初の中国人優勝者となったのは、2007年のチャン・ツィリン嬢。彼女は北京科学技術大学卒の才媛で、モデルビジネスや映画界でもキャリアを重ねた。
© AFP 2022 / Paballo Thekiso2008年の「ミスワールド」は、ロシアのクセーニヤ・スヒノワ嬢。女王に輝いたのはロシア人としては2人目。最初にその栄誉を得たのは、ユリヤ・クロチキナ嬢で、1992年のことだった。
2008年の「ミスワールド」は、ロシアのクセーニヤ・スヒノワ嬢。女王に輝いたのはロシア人としては2人目。最初にその栄誉を得たのは、ユリヤ・クロチキナ嬢で、1992年のことだった。 - Sputnik 日本
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2008年の「ミスワールド」は、ロシアのクセーニヤ・スヒノワ嬢。女王に輝いたのはロシア人としては2人目。最初にその栄誉を得たのは、ユリヤ・クロチキナ嬢で、1992年のことだった。
© AFP 2022 / Liu Jin2010年の「ミスワールド」は、ケンタッキー生まれのアレクサンドリア・ミルズ嬢(18)。
2010年の「ミスワールド」は、ケンタッキー生まれのアレクサンドリア・ミルズ嬢(18)。 - Sputnik 日本
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2010年の「ミスワールド」は、ケンタッキー生まれのアレクサンドリア・ミルズ嬢(18)。
© AFP 2022 / Johannes Eisele2015年の「ミスワールド」は、スペインのミレイヤ・ララグナ嬢。スペイン代表が優勝したのは初めてだった。彼女は、プロのモデルで、自由時間は読書をしたり、ボクシングを楽しんでいるという。
2015年の「ミスワールド」は、スペインのミレイヤ・ララグナ嬢。スペイン代表が優勝したのは初めてだった。彼女は、プロのモデルで、自由時間は読書をしたり、ボクシングを楽しんでいるという。 - Sputnik 日本
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2015年の「ミスワールド」は、スペインのミレイヤ・ララグナ嬢。スペイン代表が優勝したのは初めてだった。彼女は、プロのモデルで、自由時間は読書をしたり、ボクシングを楽しんでいるという。
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