スイスの歴史家で、スイス ・ロシア商工会議所会頭のギー・メタン氏の著書「ロシア嫌い、不信の千年(Russofobia, mille anni di diffidenza)」では、西側のロシア嫌いについて述べてられている。
『ロシア嫌い、不信の千年』は、スイス、ロシア、イタリアで発売され、米国では2016年に出版する準備が進められており、2017年にはセルビア語と中国語での出版が予定されており、さらにスウェーデン語でも出版される可能性がある。
著者のギー・メタン氏は、「スプートニク」のインタビューで、『ロシア嫌い、不信の千年』の出版について、次のように語った-
「もしかしたら逆説的に見えるかもしれないが、ロシア嫌いは、ロシア自体よりも古くから存在していた!これは800年にカール大帝が築いた西ローマ帝国とコンスタンティノープルの東ローマ帝国、すなわちカトリック教会と正教会の政治的・宗教的な対立から始まった。
当時、主に2つの偏見が存在していた。それは東方民族は野蛮であり、そして彼らの主権者たちは暴君で、領土などの拡張主義や、領土などの強制的な略奪への欲求は彼ら特有のものであり、彼らは攻撃的、そして無実で気高い西側に勝つことを夢見ているだけだ!というものだった。これは今我々が反ロシア・メディアに見ているのと同じステレオタイプだ。
ロシア嫌いの現段階は、ルイ15世の秘密機関が偽物の『ピョートル大帝の遺言状』を作成した8世紀末にフランスで始まった。この偽物の「ピョートル大帝の遺言状」では、皇帝が自分の後継者たちに欧州と戦うよう遺言した。ナポレオンは、自身のロシア侵攻を正当化するために、この遺言状を1812年に公開した。英国人は文書を翻訳し、1853年のクリミア戦争で使った。この『遺言状』が偽物であると認められたのは、フランス人と英国人のロシア嫌いが数十年続いた後の19世紀末になってからのことだった。
これら全ては現代にも当てはまっている。米国人はロシアを非難するためにこれと同じ手法を2014年2月にウクライナで使った。ウクライナの合法政府打倒を助けたクーデターが米国によって準備され、資金提供されたことは、ヴィクトリア・ヌーランド氏が議会を前に認めた。