ガスプロムの政治経済学(2016年版) (3)

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近く刊行する予定の『ガスプロムの政治経済学(2016年版)』(Kindle版)の第1章の抜粋を紹介したい。

第1章 経済的側面からの考察

1. パイプラインによるガス輸出

まず、ガスプロムによるガス輸出についてとりあげたい。ガスプロムはこれまで天然ガスをパイプライン(PL)で独占的に輸出してきた。LNGについては、サハリンⅡプロジェクト(6350億㎥のガス埋蔵量のほか、1.74億トンの原油埋蔵量をもつ。Sakhlin Energy Investment Company Ltd.がオペレーターで、ガスプロムが50%+1株、Shellが27.5%、三井物産が12.5%、三菱商事が10%を保有)に絡んで、わずか一つのLNG工場が稼動しているだけだ。生産能力は年955万トンにすぎない。ただ、実際のLNG生産量をみると、2011年にすでに1067万トンに達し、2012年の1090万トン、2013年と2014年の1080万トン、2015年の1082万トンとフル稼働の状況がつづいている。

『ガスプロムの政治経済学』(2013年版)では、PL輸出の歴史から考察したが、ここでは現状のPL輸出に焦点を当てたい。図1はガスプロムの2015年の活動を示している年次報告に収載されているものだ。「輸出向けガス供給の基本ルート」として、4ルートがある。加えて、「ガス建設プロジェクト」として、6ルートが計画されている。本書では、比較的重要だと思われる⑦ノルドストリーム-2、⑧トルコストリーム、⑪シーラ・シベリア-2、⑫シーラ・シベリアについては後述する。なお、主要なPLの輸送能力を示しているのが表6である。やや古い資料だが、新しいデータについては、必要に応じて本文中で説明する。

図1 ガスプロムの主要PLとPL敷設計画

[図の説明]
輸出向けガス供給の基本ルート
①ノルドストリーム
②ヤマル-ヨーロッパ
③ウレンゴイ-ウジゴロド
④ブルーストリーム
ロシア極東への稼働中のガス輸送システム
⑤サハリン-ハバロフスク-ウラジオストク
⑥ソボレヴォ-ペトロパヴロフスク-カムチャツキー
ガス建設プロジェクト
⑦ノルドストリーム-2
⑧トルコストリーム
⑨ウハ-トルジョク-2
⑩ボヴァネンコヴォ-ウハ(第2ライン)
⑪シーラ・シベリア-2
⑫シーラ・シベリア

LNG加工・生産プロジェクト
1 レニングラード州でのLNG生産工場(バルトLNG)
7 沿海地方でのLNG生産工場(ウラジオストクLNG)
8 サハリンⅡプロジェクトの枠内でのLNG生産能力の拡大
(出所)Годовой отчет ПАО «Газпром» за 2015 год (2016) Газпром, pp. 62-63.

表6割愛

表7は「輸出向けガス供給の基本ルート」である、①ノルドストリーム、②ヤマル-ヨーロッパ、③ウレンゴイ-ウジゴロド、④ブルーストリームについての概略を示している。

表7割愛

つぎに、ノルドストリーム-2、トルコストリーム、シーラ・シベリアについて概観しておきたい。

ノルドストリーム-2は既存のノルドストリームに併行して約1250kmのガスPLを敷設する計画で、その年間輸送能力は2本合計で550億㎥を計画している。既存のものはロシア側のヴィボルグが出発点だが、ノルドストリーム-2の出発地はウスチ・ルガを予定している。後述するサウスストリームの建設が順調に進んでいれば、必ずしもノルドストリーム-2を建設する必要はないが、サウスストリームやその代替としてのトルコストリームの構想がうまく進展していないことから、急遽、この計画が脚光を浴びるようになっている。

すでに、スイスにNord Stream 2 AGが設立されており、当初、会社の株式の50%のうち、ドイツのE.On(2016年1月から、在来型発電やエネルギー取引ビジネスはUniperに統合)、BASF SE/Wintershall Holding GmbH、英・オランダのRoyal Dutch Shell、オーストリアのOMV AG、フランスのEngie S.A.が各10%を出資する計画が進んだ(1)。2015年9月、Nord Stream 2 AGの株主協定が調印され、E.On、BASF、OMV、Shell、Engieのプロジェクトへの参加が決められた。その実現のために、New European Pipeline AGが合弁会社として設立される見通しになった。ガスプロムが同社の51%を保有し、Engieの9%、その他4社が10%を出資するという計画だ。

しかし、この計画は頓挫した。ガスプロムはこれらの出資予定企業とともに、2015年12月、ポーランドの独占禁止規制当局(UOKiK)に対して、ノルドストリーム-2プロジェクトの建設母体となる合弁会社Nord Stream 2 AGの創設を許可してもらう申請をしていたが、同当局は合弁会社の設立が競争の制限をもたらすとして、2度、この許可決定を拒否してきた。ポーランドにしてみれば、新しいPLができれば、ヤマル-ヨーロッパで移送されるガスの量が減り、通行料収入の減少につながりかねないから、この申請には後ろ向きというわけだ。この結果、ガスプロムなどは2016年8月、申請そのものを取り下げた。Nord Stream 2 AGは当面、ガスプロムが資本の100%を保有する状況が継続することになる。今後は、80億ユーロとも見込まれているこのプロジェクト実現のための資金をどのように調達するかが課題となる。

トルコストリームについては、長年、ウクライナを迂回してヨーロッパへガスをパイプライン輸送するためのサウスストリームプロジェクトの頓挫に対応して浮上した。サウスストリームは、ロシアから黒海海底を経てブルガリア、セルビア、ハンガリーなどへ向かうPLで、4本のPLが完成すれば、年630億㎥のガス輸送が可能となるはずであった。2012年12月には、ロシア側の工事が始まったが、2014年12月、プーチン大統領はサウスストリームの建設を停止した。ブルガリアでのPL建設が困難になったためである(2)。

EU域内では、電力、ガスなどのエネルギーを長期的に確保するため、欧州全体としてこうしたエネルギーをどう安定的に調達するかを、Trans-European Energy Network(TEN-E)政策として決定している。2006年9月、1996年と2003年のEUの関連決定を廃棄する形で、TEN-Eのガイドラインを定めるEU決定が採択された。2010年10月には、「TEN-E政策の改訂」に関する最終報告が出され、これに基づいて、2020年までにEUにおける電力やガスの幹線輸送網や貯蔵所の建設を完了しなければならなくなった。そのための優先プロジェクトとして、このTENの枠内に位置づけられることが建設実現に必要になる。そうすれば、EUからの財政支援も可能となる。だが、サウスストリームの場合、この認証が受けられず、それがロシア側のPL建設断念につながった(3)。

サウスストリームの代替案として急浮上したのがトルコストリームである。だが、この計画は2015年11月のトルコ空軍によるロシア機(Su-24)撃墜で露土関係が悪化したことで一時的に凍結されてしまう。
トルコストリームは、サウスストリームが予定していた黒海海底からブルガリアへのルートをトルコ経由南欧ルートに変更するもので、当初、2019年末までに4本、年630億㎥の輸送能力のPL敷設が計画されていた。サウスストリームの黒海海底部分930kmのうち、約660kmはそのまま活用し、250kmをトルコのヨーロッパ側に向けてルート変更するもので、トルコ国内の消費される分を輸送する1本については、2016年末にも稼働させる計画であった(4)。だが、2015年11月の事件前の段階で、トルコ政府はガスPL1本だけの協定締結を主張するだけでなく、トルコ国営のBotasへのガス供給価格の大幅割引を求めるようになる。これに対して、ロシア政府とガスプロムは要求を拒否し、交渉はほぼ停止状態に陥っていた。

他方で、ロシア国内の黒海までのPL敷設はほぼ完成しており、トルコストリーム計画の頓挫はロシア側にとっても大きな損失になりかねない状況にある。そこで、トルコのエルドアン大統領が2015年11月の撃墜事件を謝罪したことで、2016年8月9日、同大統領はプーチン大統領と会談、トルコストリーム計画の実現に向けた交渉が再びスタートすることになった。だが、ガス価格の割引交渉に加えて、トルコでのロシア製原子炉建設といった懸案もある(5)。

2016年10月10日になって、プーチンのトルコ訪問時に、プーチンとエルドアン両大統領列席のもと、ロシアとトルコのエネルギー担当相はトルコストリームをめぐる政府間協定に署名した(原子炉建設についても継続で合意)。それによると、年間の輸送能力157.5億㎥のガスPL2本を、黒海海底を通ってトルコに敷設することになった。1本はトルコ向けで、もう1本は南欧向けとなる。2本とも、2019年末までの完成をめざすが、ガスプロムの希望で建設を止める可能性がないわけではない。2本のPLの海底区間は完全にガスプロムが保有するが、陸上部分については、1本はトルコのBotasのトルコガス輸送システムの一部となる。もう1本は合弁会社を設立して管理・運営する。合弁会社はガスプロムとトルコの会社との折半とする。

このトルコストリームが完成すれば、これまでウクライナ経由でブルガリアを経てトルコに輸出されていたガスがトルコストリームによって代替可能となる。2014年の欧州・トルコ向けのウクライナを通過したガスは594億㎥で、これによりウクライナ側はガスプロムから約20億ドルもの通行料を得たとみられるが、ウクライナを経てトランスバルカンPLでトルコに輸送されるガスは近年、120億~140億㎥だから(2016年場合、Botas向けが20億㎥、民間輸入業者向けが100億㎥)、もしトルコストリームが完成すれば、ウクライナの通行料収入の4分の1が失われることになるだろう。

トルコストリームが実現すると、ガスの引き渡し地点を変更する契約をガスプロム、Botas、その他のトルコの輸入業者間で締結しなければならなくなる。南欧まで輸送するための1本については、まだ詳細は詰まっていないが、ガスプロムないしその子会社がこのPL部分のプロジェクトを担う会社と長期ガス輸送契約(一定の供給を義務づける“ship or pay”条項の適用を前提)を結び、このPLの輸送能力100%分へのアクセス権を受け取ることになるとみられている(Коммерсантъ, Oct. 11, 2016)。この場合、ガスPLへの第三者のアクセスに関するトルコ法令が適用されないことになる。

ガス価格の割引については、2014年12月にプーチン大統領がトルコストリーム構想を打ち出した際、言及し、ガスプロムとBotasとの間で10.25%の割引で合意に達した(同, Oct. 12, 2016)。だが、そのもとになる価格フォーミュラをめぐって意見が対立、結局、割引が決まらないまま、トルコストリーム構想そのものが一時的に頓挫してしまった。それどころか、トルコ側は2015年10月、国際仲裁裁判所に2014年12月からのロシアからのガス買付について見直しを求めて提訴した。10.25%の割引が決まっていたのに、その適用を受けていないことで10億ドルを超す超過支払いがあるというものだ。

今後、この裁判の行方や割引の適用が問題になるだろう。

つぎに、シーラ・シベリアとシーラ・シベリア-2について紹介したい。ガスプロムの資料によると、シーラ・シベリアはイルクーツク州のコヴィクタ鉱区(天然ガス埋蔵量1.5兆㎥)からヤクーチアにある、1.24兆㎥の天然ガス埋蔵量が見込まれるチャヤンダ鉱区(2012年末の計画では、2017年ガス採掘、2021年に年産250億㎥ペースを計画。チャヤンダのガスはヘリウムの含量が多いのが特徴)までの約800kmと、チャヤンダ鉱区からブラゴヴェシェンスクまでの約2200kmの合計約3000kmの幹線PLで、輸出能力は年380億㎥。2012年にガスプロムはチャヤンダ鉱区の開発、シーラ・シベリアガスPLの建設、アムールガス加工工場の建設への最終投資決定を採択した。同鉱区は「戦略的鉱区」というリストに入り、2008年4月、オークションなしにガスプロムに譲渡された。2010年には、連邦地下資源利用庁はチャヤンダ開発の技術スキームを承認していたのだが、最終的な投資決定は2012年10月になってようやく行われた。これにより、鉱区開発および「ヤクーチヤ-ハバロフスク-ウラジオストク」幹線ガスPL(「シーラ・シベリア」)の建設にGoサインが出されたことになる。

2014年5月になって、ガスプロムと中国の中国石油天然気集団(CNPC)はシーラ・シベリアを利用した「東ルート」でのガス売買協定に署名し、年380億㎥のヤクートとイルクーツクのガスの中国への30年にわたる供給で合意した。同年9月、チャヤンダ鉱区からブラゴヴェシェンスクまでのPL敷設がスタートした。稼働は2018年末になる計画だ。2015年には、ガスプロムとCNPCはアムール川を横切る水底部分を含む、シーラ・シベリアの国境区域のPL建設協定にも署名した。2016年4月、ヴィクトル・ズプコフガスプロム会長(取締役会議長)は輸送能力を610億㎥とすると言い出した。以後、610億㎥の輸送能力をもつPL建設で計画が進んでいるようだ。

シーラ・シベリアの建設費は2011年価格で8000億ルーブルにのぼる。PL建設費や東シベリア鉱区の整備費を含むプロジェクト関連費は2014年5月の段階でガスプロムによって550億ドルと見積もられていたが、2014年夏には、セルゲイ・イワノフ大統領府長官(当時)は600億~700億ドルになると発言していた(http://www.rbc.ru/newspaper/2016/07/13)。別の情報では、443億ドルの投資になる(Коммерсантъ, Aug. 26, 2016)。

だが、2016年5月の情報では、ガスプロムは2016年のシーラ・シベリアのPL敷設距離を当初の800kmから400kmに半減すると発表した。コスト削減のためだが、2018年末までの稼働という計画には変更はない。

一方で、ガスプロムとCNPCとの間では、西シベリアから中国国境までガスを輸送する約2600kmの「西ルート」(シーラ・シベリア-2)によるガス協議が継続されてきた。2015年5月、ガスプロムとCNPCは同ルートでのガス供給の基本条件で合意した。年300億㎥のガスを30年間にわたって供給するというものだ。2016年6月になって、CNPCはガスプロムに対して、西ルートに基づく包括契約の締結を提案するに至る。CNPCはガスの共同採掘、PL建設とその運営、ガス販売に関心をいだいており、ガスプロムとの共同活動でノウハウなどを取得するねらいがある。ただ、ここでも東ルートで経験したように、ガス価格の設定が大きな障害となっている。この問題は第4節で詳述する。

なお、図1では判然としないが、2015年9月3日、ガスプロムとCNPCはロシア極東からの天然ガスの中国へのパイプライン供給プロジェクトに関する相互理解議定書に署名した。サハリンⅢでのガス開発を前提に、「サハリン-ハバロフスク-ウラジオストク」PLを利用・延長するものであり、この計画も今後、進むものと思われる。

(1) 対欧州向け輸出

ここで、PLを使った欧州向けガス輸出量の推移をみてみよう(表8と表9を参照)。表8からわかるように、ドイツがガスプロムグループにとって最大のガス輸出国であり、その販売量は高水準がつづいている。ついで、トルコ、イタリア、英国などが重要な輸出国となっている。表9は、関係の悪化しているウクライナへのガス販売量が急減していることを示したている。

表8割愛

表9割愛

つぎに、欧州のガス消費・輸入を各国別にみてみると、OECDに加盟している欧州24カ国全体の消費に占めるロシアからのガスの割合は2014年の暫定値でみると、29.8%で、輸入全体に占めるその割合は32%であった(表10参照)。2011年暫定値でみると、それぞれ29.2%、33.7%であったから、このところも大きな変化はない。各国別にみると、ドイツの国内総消費量の47.1%、総輸入量の42.1%をロシアからのガスに依存してきた。2011年暫定値のそれぞれの割合40.1%と35.6%と比べると、依存度を高めていることがわかる。他方、トルコをみると、2014年暫定値でそれぞれ54.2%、53.8%で、2011年暫定値の56.8%、57.9%よりは低下しているものの、依然として高い依存度を示している。

40.1%、総輸入量の35.6%をロシア産ガスに依存している(表10を参照)。トルコもそれぞれ56.8%、57.9%と高い依存度を示している。フィンランドやエストニアのように、消費量でみても輸入量でみても、100%ロシア産ガスに依存している国もある。

表10割愛


第1章

(1) 興味深いのはオーストリアのOMV(オーストリア国家ホールディング会社が31.5%所有)のCEOにライナー・ゼーレ(Rainer Seele)が2015年に選任されたことである。彼はドイツのWintershallを主導してきた経験をもち、ガスプロムのミレル社長と良好な関係があると言われている(Нефть и Капитал, No. 10, 2015)。ゆえに、彼は対ロ制裁の解除を積極的に求めている。

(2) 欧州では、欧州議会が2009年4月、EU加盟国がガスと電力の移送ネットワーク(ガスPLや送電網)から供給と生産を分離する、三つの垂直分離(unbundling)の選択肢から一つを選ばなければならないという、1年半後の新ルールの適用・施行を承認した。これは、「第三ガス指令」および「規制715」に関連し、二つの文書は同年7月、欧州委員会が採択した。これらの文書は域内エネルギー市場指令・規制(IEM Directives and Regulation)の一部を形成し、「ガス向け第三エネルギー・パッケージ」(第三パッケージ)として知られるようなる。この第三パッケージは2011年3月にEUにおける法律となった(Yafimava, 2013)。EU内では、同じ会社がエネルギーを生産・輸送・販売することが禁止されただけでなく、主要なインフラを自社で所有することが禁止されたことになる。この結果、各国は1年半後の2011年3月3日までに、輸送網を発電事業やガス・電力供給事業から分離する要件として、つぎの三つの選択肢からいずれか一つを選択し、遵守するために必要な措置をとる法令の採択を求められた。2012年3月3日から、同じ人物ないしグループが採掘・販売に関する直接ないし間接に管理し、同時に輸送システムのオペレーターの仕事に参加することができないようにするという、分離要件が施行した。上記の選択肢とは、①“full ownership unbundling”、②“the independent system operator (ISO)”、③“the independent transmission operator (ITO)”――である。所有権分離型なのか、ISO(輸送システムの所有権を維持するものの、その経営権をすべて独立したシステムオペレーターに移譲する)ないしITO(自主的に設立された、独立のガス輸送システムオペレーターに経営権を委譲する)なのかについて、ガス輸送インフラを保有する企業は事業者認証を各国政府およびEU委員会から受けなければならない。基準が満たされていない場合、各国規制当局は2013年3月以降、認証を拒否できる。こうした措置は垂直分離(unbundling)の適用により、競争導入による効率化をねらっている。これが意味しているのは、電力やガスの垂直統合型企業が採掘と輸送を分離するか、あるいは、輸送網を維持しながら、その経営を独立したオペレーターシステムに移譲しなければならないということだ。さらに、国境をまたぐ発展のために、第三者へのアクセスの確保が前提とされ、第三国の企業に対しては、(1)採掘と輸送の分離という要求に対応しない、(2)その企業がEUメンバーのエネルギー安全保障に脅威をおよぼす――という二つの場合、各国は国内市場へのその企業の参入を拒否できることになった。こうして、採掘会社でもあるガスプロムがとってきた、各国を通過するロシアからのPLを自社で基本的に管理・運用するという手法は欧州のコモンキャリア化と垂直分離の政策によって強い逆風を受けていることになる。ブルガリアでのPL建設頓挫の背景には、こうしたEU政策とガスプロムの利害との対立があったのである。なお、ガスプロムの欧州へのガス輸出は1970年代に締結された長期供給契約(long-term supply contracts, LTSCs)と長期輸送契約(long-term transportation contracts, LTTCs)の二つの契約に基づいて実施されてきたが、LTTCsの多くは2027~2036年に契約満了を迎えるLTSCsよりも早い段階の2015~2025年に契約満了を迎える。このため、EUでの新しい規制に対応した輸送契約の見直しを迫れていることになる。

(3) ガスプロムはサウスストリーム計画の海底部分の建設に従事することになっていたSouth Stream Transport B.V.(SST)の持ち分を保有していた、ENI、EdF、Wintershallから、その合計50%分を、2014年末に購入することでサウスストリーム計画の主要部分を解消した。この段階で、SSTはガスPL建設にかかわる約44億ユーロ分を契約済みであったから、その破棄や損害賠償に多額の資金支払いを迫られることになったのである。

(4) トルコから以西へのガス輸送については、トルコからギリシャ国境まで運び、ギリシャから南イタリアまで輸送するITGI(Interconnector Turkey-Greece-Italy)という構想があり、ガスプロムはこれに関心をもっている。ITGIはアゼルバイジャン産ガスを輸送する目的で構想され、2010年6月、トルコ国営のBotas、イタリアのEdison(フランスのEdFの子会社)、ギリシャの国営企業DEPAがITGIプロジェクトの相互理解議定書に調印するまでに至ったが、結局、アゼルバイジャンがトルコ-ギリシャ-アルバニア-イタリアをルートとするTAP(Trans Adriatic Pipeline)を建設することになったため、宙に浮いた形になっている(2013年2月13日、ギリシャ、アルバニア、イタリアの代表者は、TAP株主とアゼルバイジャン政府関係者の列席のもと、ギリシャからイタリア南部までの、輸送能力年100億㎥のTAP建設国際協定に署名した。また、TAP参加者と、アゼルバイジャンのSocar、BP、Totalは協定に調印し、シャフ・デニズ鉱区の参加者がTAPをガス供給ルートとする場合には、3社がTAPの持ち分の50%を受け取ることにしたのだが、同年6月には、シャフ・デニズ2のコンソーシアムはTAPを欧州向けルートとすることを決めた。2015年に着工予定で、当初の輸送能力は年100億㎥だ。ジュージアとトルコ向けに2018年末に稼働し、2020年はじめに欧州向けに輸送を開始予定)。そこで、ガスプロムは2016年2月、EdisonとDEPAとともにロシアから黒海海底を経て第三国経由でギリシャへの、また、ギリシャからイタリアへのガス供給の可能性に関する相互理解議定書に署名した。これが意味しているのは、将来、ITGI向けにロシア産ガスが提供されるかもしれないということである。ITGIは年80億㎥で、約100kmのPLプロジェクトだが、こうしたガスプロムの動きに呼応して、サウスストリーム構想の復活や南欧から中欧への複数のPL敷設構想(Eastring、Teslaなど)が浮上するに至っている。

(5) ロシア政府とトルコ政府との間には、2010年5月、当時のメドヴェージェフ大統領がトルコを訪問した際、アックユ核発電所の建設協定が調印され、4基の原子炉(最大出力4.8ギガワット)の建設がまとまっていた。ロシア国営のロスアトムが建設するもので、利潤税の20年間にわたる引き下げや発電所建設期間中の付加価値税の還付などの特恵も与えられることになっていた。総額200億ドルにのぼる巨額のプロジェクトであり、2016年はじめの段階で、ロシア側はすでに30億ドルを投資済みであったと言われている。このため、原子炉建設問題はロシアにとってもトルコにとってもきわめて重要な懸案であった。

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