ガスプロムの政治経済学(2016年版) (6)

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近く刊行する予定の『ガスプロムの政治経済学(2016年版)』(Kindle版)の第1章の途中からその抜粋を紹介したい。

第1章 経済的側面からの考察

3.  対ウクライナ問題

つぎにウクライナへのガス輸送について考察したい。ガスプロムにとって、ウクライナはヨーロッパへのPL輸送の中継地であり、同時に巨大なガス消費地であったから、重要な場所であった。だが、2013年末から2014年にかけて表面化したウクライナ危機、その後のロシアによるクリミア半島併合などで、ロシアとウクライナとの国際関係は急速に悪化した(11)。このため、ガスプロムとしてはウクライナ経由による欧州向けガスPLによる輸出に代替するため、サウスストリームやトルコストリーム、さらにノルドストリーム-2などの新設が課題となった。とくに、ウクライナ経由で欧州にガス輸送する契約が2019年末に期限切れになるため、ガスプロムはウクライナ経由に代わる代替輸送ルートを急遽、用意しようとしている。逆に、ノルドストリーム-2ができると、ウクライナの受け取ってきた通行料収入が失われ、ウクライナ復興の足かせになりかねない。ゆえに、欧州の一部の国はノルドストリーム-2建設に反対している。

(1) ウクライナ国内のガス概要

ここではまず、ウクライナ国内の天然ガスをめぐる概要について考えるところからはじめよう。表12はウクライナのガスバランスを示している。ガスの国内採掘量にはそれほど大きな変化はみられないが、ガス消費量はウクライナ危機が表面化した2014年以降、急速に減少している。ガス輸入にも減少傾向がみられる。なお、2015年の採掘量は199億㎥だが、生産量192億㎥という資料もある。2015年にロシアからウクライナ経由で欧州側に移送されたガスの量は671億㎥で、2014年に比べて7.9%増えた。内戦状態に陥った2014年の反動とみられる。2016年3月に開催された「ウクライナガス投資フォーラム」で公表されたウクライナ側の資料によれば、ウクライナのガス埋蔵量は2.88兆㎥(BPの資料では、2015年末で0.6兆㎥)で、その81%はドンバス周辺にあり、12%がカルパチア山脈に、7%がクリミア半島周辺にある。したがって、ドンバス周辺での内戦はウクライナのガス採掘にとって大きな打撃となっていると考えられる。

ナフトガスのサイト情報によると、ウクライナのガス消費量は2015年が338億㎥で、2014年が426億㎥だった。2015年の家計消費量は172億㎥、工業部門の消費量は115億㎥だった。2014年はそれぞれ221億㎥と148億㎥だったから、いずれも大幅な減少を示したことになる。

ガス地下貯蔵所のガスストックについては、2014年10月20日からスタートした抽出シーズン時点で、167.96億㎥であったが、2015年4月10日のシーズン終了時には76億920万㎥まで減少していた(http://uaenergy.com.ua)。2015年10月30日からのシーズンスタート時点のガスストックは170.641億㎥で、2016年4月6日のシーズン終了時点には84.471億㎥まで減少していたという。

表12割愛

表13はウクライナでのガス採掘を会社別に示したものである。2014年からはじまった「内戦」にもかかわらず、ウクルガスドブィチャの採掘量には大きな変化はみられない。ただ、ロシアによるクリミア併合でチェルノモルネフチガスの所有権がウクライナからロシア側に簒奪された状況にある。同社は黒海やアゾフ海の大陸棚におけるガスを採掘しており、ガス採掘にも若干に影響がみられる。

表13割愛

ウクライナ政府は現在、安全保障上、重要なエネルギー資源である天然ガスに対するロシアへの依存を脱却し、EUや米国への接近に舵を切っている。

第一に、国内での天然ガスの採掘量の増加をはかっている。既存の鉱区は老朽化に苦しんでおり、DKSと呼ばれる昇圧コンプレッサー・ステーションを設置し、採掘量を上げようとしている。たとえば、シェベリンスコエ鉱区の場合、2000年代半ばには毎年の採掘量は70億㎥であったが、2011年の採掘量は2.5億㎥まで減少、DSKを設置し、回復をはかっている(Нефть и Капитал, No. 12, 2012)。2012年夏には、ナフトガスの子会社、ウクルガスドブィチャは二番目のDSKを設置した。しかし、DSKの投資には資金が必要であり、採掘量の回復もたしかではない。

第二に、シェールガスなどの開発にも着手している。だが、あまりうまくいっていない。2015年6月、Royal Dutch Shellはシェールガス探査プロジェクトからの撤退を交渉すると公表し、その後、10月に撤退した。内戦で安全保障上の問題が生じたことや石油ガス価格の低迷が背景にある。Chevronもすでに撤退を表明していたから、ウクライナでのシェールガス開発には暗雲が漂っていると言えよう。

第三に、ガス燃焼による火力発電所を石炭燃焼に改めようとしている。2012年だけで六つの火力発電所で、ガスから石炭に燃料が切り替えられた。さらに、五つの火力発電所でも同様の切り替えが計画されている。中国の技術を使って、石炭を合成ガス化する工場を五つ建設する計画もあり、2013年に建設がスタートする。ウクライナ議会は2012年7月、これを支援するための中国開発銀行の融資約37億ドルに政府保証を与える予算修正を承認した。

第四に、ロシア以外の国からのガス輸入もはかっている。ウクライナの2015年のガス輸入量のうち、ロシアからの輸入は約61億㎥で、ヨーロッパ諸国からの輸入が約103億㎥(スロバキアから約97億㎥、ハンガリーから約5億㎥、ポーランドから約1億㎥)であった(12)。ロシアからのガス輸入量は2011年の448億㎥、2012年の329億㎥、2013年の258億㎥、2014年の145億㎥と逓減傾向がつづいていることになる。逆に、EU諸国からのガス輸入量は2011年のほぼゼロの状態から、2012年の1億㎥、2013年の21億㎥、2014年の50億㎥と、逓増傾向を継続している。EU諸国からのガス輸入のために、ガスPLの「逆送」が行なわれるようになっている。

第五に、ウクライナは2010年に欧州エネルギー共同体創設条約を批准後、2011年2月、同共同体の正式メンバーとなった。欧州エネルギー共同体はEU域内エネルギー市場を南・東欧州に広げ、法的に結びつけることをねらって設立されたもので、上記の創設条約は2005年10月に署名され、2006年7月から発効した。当初の締約国は、EUとアルバニア、ボスニア・ヘリツェゴビナ、クロアチア、マケドニア、セルビア、コソボであった。ウクライナが欧州エネルギー共同体のメンバーになったことで、上記創設条約第43条にしたがって、第三国からの、あるいは、第三国への対等なアクセスを保証するために、第三国への、あるいは、第三国からの輸出入に必要な規制手段が講じられることになる。これは、ウクライナにとって、ロシアに対する対抗手段となりうる。

第六に、LNGをガスに戻す再ガス化工場を建設する検討も進んでいる。しかし、その検討を具体的な計画にまで練り上げ、実現に向けて動き出すには至っていない。2016年8月時点で、建設中の再ガス化工場は存在しないし、計画中のものもない。黒海沿岸に再ガス化工場を建設する検討が進められているが、それはもうずいぶん前からのことであり、実現可能性は低いとみられている。

ここで紹介した政策の多くは実現されておらず、ウクライナの「ロシア離れ」が確実なものとなるかどうかは判然としない。ただ、ロシアとの政治的対立が決定的である以上、ウクライナはEUやNATOへの加盟を含めたヨーロッパへの接近に活路を見出すしかない。だが、NATO加盟についてはロシアの反発が予想されるため、ドイツ政府は反対であり、時間をかけた慎重な検討が必要であるとの姿勢をとっている。EU加盟については、ウクライナ政府とEUとの間で2014年6月にEU加盟のための条件を整備するための連合協定(経済関係部分)が調印された(13)。これにより、ウクライナはEU加盟をめざして、エネルギー・産業政策やマクロ経済政策、貿易自由化などの国内改革を実施しなければならないことになった。これらの改革の進捗が進まなければ、EU加盟を申請しても認められることはないだろう。その意味では、ウクライナはまだスタートラインについただけであり、今後の改革には紆余曲折が予想されている。

(2) ウクライナ向け輸出とウクライナ経由のガス輸送

ガスプロムは欧州向けのガス輸出を安定的に行うため、これまではロシアから欧州へ向かうガスPLについて、PLの敷設されている国ごとにそのPLを管理・運営する会社の支配権を握るか、経営に十分に影響力を行使できるようにすることで、PL輸送の安定性を確保しようとしてきた(14)。だが、ウクライナを通過して欧州に向かうPLについては、それらのPLを管理・運営するウクライナの企業が国営であるために、ガスプロムの戦略はウクライナでは実践できずにいた。

図4はウクライナ国内の主要ガスPLを示している。ガス輸送システムと呼ばれるガスPL網を管理・運営しているのはナフトガス(株式の100%はウクライナ政府が保有)の子会社、ウクルトランスガスである。ロシアからウクライナ国境へ輸送可能なガス量は年2880億㎥におよぶが、そのうち1785億㎥はスロバキア、モルドバ、ポーランド、ハンガリー、ルーマニアへ輸送することができる。

図4 ウクライナ国内の主要ガスPL

(註)太い赤線は幹線PLルートを示している。ロシアのクルスクからウクライナに入り、キエフを通過してスロバキア国境へ向かうルートは「兄弟」と呼ばれる幹線ガスPLである。もう少し南からウクライナを東西に横切ってモロドバに抜ける太字の幹線PLは「ソユーズ」と呼ばれている。
(出所)https://www.gazeta.ru/business/2015/12/11/7955831.shtml

実際にウクライナ領を経由してどのくらいのガスが欧州方面に輸送されたかを示したのが表14である。これからわかるように、ウクライナを通過して運ばれるガスの量は減少傾向にある。この背後には、ガスプロムがウクライナ経由での欧州向けガス輸出を意図的に減らそうとしてきたという事情がある。ガスプロムに言わせれば、ウクルガスが毎年のようにガス輸送の通行料の引き上げやウクライナへのガス輸出代金で無理難題を押しつけてくるため、ウクライナ経由のガス輸送量を減らそうとしているわけだ。2011年11月になって、ノルドストリームが稼働し、翌年10月、第二PLも完成したことから、2012年以降、目立ってウクライナ経由のガス通行量が減少したことになる。2014年には、ウクライナ危機が表面化したことが通行量の減少に拍車をかけた。

表14割愛

ガス輸送システムの支配権をめぐっては、ロシアとウクライナとの間で長い歴史がある。ウクライナでは、PLについて国家所有が法律に明記されているため、現在、幹線PL輸送の国営企業の民営化や所有の変更が禁止されてきた。ウクライナでは幹線ガスPLが戦略的国家施設リストのなかに含まれており、このリストから幹線ガスPLを削除しないと、外国企業、たとえばガスプロムが幹線ガスPLの持分を株主として間接的に所有することも認められなかった。ガスプロムによるウクライナ領内でのガス輸送システム支配を支援して、プーチン大統領は2007年2月、ウクライナのガス輸送システムの持ち分と交換に、ウクライナ側にロシアのガス鉱区開発権を与えるという条件で交渉を進めていることを明らかにした。 しかし、こうしたプーチンの姿勢に対して、ウクライナでは政治的な反発が起きた。ユーリヤ・ティモシェンコらはPL輸送法の改正案を国会に提出し、同年2月6日、採択された。以前から、ウクライナのガス輸送インフラを国家所有から切り離すことは法律で禁止されていたが、今回、新たに国営のナフトガスの参加を伴った合弁会社の設立が禁止された。幹線PL輸送の国営企業、ナフトガス、その子会社の所有の①再編(合併、吸収、合弁会社設立、分割、分離、資産譲渡を伴った再編、法律で定められたその他の方法)、②接収、③コンセッション・賃貸・担保・民営化での譲渡――に対する禁止基準が盛り込まれた。PL輸送企業やナフトガスの破産宣言や清算を禁止する規定も追加された。この結果、ウクライナ政府との問題解決はきわめて困難な状況になってしまった。

その後も、ガス輸送システムをめぐっては、さまざまの動きがあったが、ここでは、ウクライナがEUと2014年6月に連合協定を結んで以降、国内のガス産業の抜本的な改革に乗り出している点について説明しておきたい。世界銀行の支援のもとに策定され、2015年10月1日に施行された「ウクライナ天然ガス市場法」は、関連法のEUとの相違点をなくし、ウクライナのEU標準への近接化のために重要な法律であった。第3条では、「ガス供給者の自由な選択」が明記され、供給者間の競争がめざされることになった。同じく、「ガスの輸出入を行う権利」が認められ、輸出入の独占を認めない方針が示されている。ガス輸送システムオペレーターの独立と垂直分離(unbundling)の一般要求項目を定めた第23条では、同オペレーターが垂直統合された部分ではなく、生産、流通、ガス供給、卸売販売活動から独立した商業活動を行う法人でなければならないと定められている。つまり、この法律はこれまでガス産業を垂直統合してきた国営のナフトガスを垂直分離することを間接的に示していることになる。

ナフトガスについては、ウクライナの閣僚会議は2016年7月、天然ガスの輸送と貯蔵ごとに活動を分離してナフトガスを再編する計画を承認した。Main Gas Pipelines of UkraineとUnderground Gas Storage Facilities of Ukraineの2社が設立され、前者にはウクルトランスガスの資産を、後者にはウクライナ輸送システムオペレーターの資産を移管する。2社ともにウクライナ政府が株式100%を保有する。

2016年4月27日付ウクライナ内閣決定「2015年10月1日付ウクライナ内閣決定への修正」も重要である。これによって電力供給者向けの天然ガスの規制卸売価格(Pwholesale)が定められた。それは、下記のように定義されているが、これを理解するには、ガス取引に対する一般的な知識が必要になる。ガス取引の実態は米国と英国、欧州、アジアなどの地域ごとに異なっている。2009年のWorld Energy Outlook (IEA)によれば、北米は市場価格、欧州は石油製品価格を指標とする長期契約価格(大陸)と、市場価格(英国)、東アジアは原油価格を指標とする長期契約価格といった具合である。英国では、ガスはヴァーチャルなハブとしてNational Balancing Pointを想定して、そこで取引されている。大陸でも、ドイツのNetConnect Germany(NCG)やGaspool、ベルギーのZeebrugge、ヴァーチャルなTitle Transfer Facility(TTF)でハブでの取引を前提とするスポット価格によるガス取引が行われるようになっている。これは、米国ルイジアナ州にあるHenry Hubと呼ばれる、国内のガスPL9本が交わる地点(ハブ)での取引をモデル化したものである。ベルギーのZeebruggeはベルギーの海岸とNorfolkをつなぐPL、Baston-Zeebruggeによるガスのスポット取引という形で発展したものだ(15)。ウクライナの電力供給者向けの天然ガスの規制卸売価格では、NCG価格が価格決定上の基準となっている。国際基準に適合する形で、ウクライナ国内の卸売価格を徐々に改革しようとしていることになる。

ほかにも、ウクライナ議会は2015年にナフトガス財務安定化法を制定した。ナフトガスへの財政支援がウクライナの国家予算を圧迫しており、ウクライナへの支援を行う国際通貨基金(IMF)もナフトガスの立て直しを支援条件にあげている。IMFの資料によれば、2014年のナフトガスの赤字はGDPの5.7%にあたるほど深刻なものと予想されていた(一般政府の財政赤字と合わせると、GDPの10.3%と予測された)。ウクライナ政府はIMFの指導のもとに、ナフトガスの赤字を2015年にGDPの3.1%まで引き下げ、2017年までに一掃することを計画した。この計画を実現するためには、国内ガス価格の引き上げといった課題がある。加えて、ナフトガスとガスプロムと間の係争結果によって、賠償金の支払いが膨らみ、計画実現が難しくなる事態も考えられる。

この係争はストックホルム仲裁裁判所で争われている。ガスプロムは2013年末と2014年の5カ月間に供給された115億㎥に対する未払い分45億ドルと8億ドルの合計53億ドルと、2012~13年にウクライナ側が購入義務がありながら受け取らなかったガス代金として185億ドルの支払い(いわゆるtake or pay原則の履行)を求めている。さらに、2015年の第三四半期分の債務26億ドルの支払いも要求している。これは、いわゆるtake or pay原則に基づくガス購入をしなかったことに対する債務への支払い要求である。2016年3月時点のガスプロムのナフトガスに対する請求総額は318億ドル(317.6億ドル)という情報もある(http://finobzor.ru, Коммерсантъ, Sep. 19, 2016)。

他方で、ナフトガスは2010~14年のガス通行料として100億ドル強およびガス供給契約上、約60億ドルの支払いを求めるもので、合計160億ドルもの支払いをガスプロムに要求している。別の情報では、266億ドルの支払いを求めている(Коммерсантъ, Sep. 19, 2016)。いずれにしても、ガスプロムとナフトガスとのガス供給契約の有効性が問われている。係争金額が大きいだけに、ガスプロムにとってもナフトガスにとっても重要なわけである。判決は2016年後半にも出る公算が大きい。

ウクライナ議会はガス市場法やナフトガス財務安定化法以外にも、2015年6月、エネルギー部門の透明性を高める法律を制定した。ナフトガス傘下のウクルトランスガスやウクルガスドブィチャなどの情報公開を促進するねらいがある。

つぎにガスプロムによるウクライナへのガス輸出についてふれたい。すでに説明したようにウクライナは2015年にロシアから61億㎥のガスを輸入したが、2014年の輸入量は145億㎥だったから、半減よりも少なくなったことになる。これはナフトガスの子会社のウクルトランスガスの公表数字による。なおウクライナの通関ベースの2015年のガス輸入量は124億㎥でうち116億㎥はナフトガスによって輸入された(http://energynews.com.ua/news/15523)。そのうち、GDF SUEZがもっとも多い29億3100万㎥をナフトガスに売却した。ついで、Statoilが24億3100万㎥、Trailstoneが20億3100万㎥、ガスプロムが14億4200万㎥を販売した。表9からわかるように、2014年のロシアからウクライナへのガス輸出はすべてガスプロムグループによるものであった。だが、2015年については、表9では78億㎥となっており、ウクライナ側の資料の61億㎥を上回っている(ナフトガスがガスプロムから購入したガス量は前述したように14.42億㎥にすぎないという数値もある)。おそらく、双方でガス輸入の計測上の齟齬があるためだと思われる。ロシアからウクライナへのガス輸出は前払い制に改められるなど、制度変更が行われたことが齟齬の遠因になっているのではないか。

2015年9月下旬、EUの仲介によってロシアとウクライナとの間で、2015年10月1日から2016年3月31日までのウクライナへのガス供給議定書が合意された。ガスプロムのミレル社長によれば、契約価格より20ドル/1000㎥割り引いた価格を適用し、20億㎥をウクライナに供給することになったという(Ведомости, Sep. 28, 2015)。

注意しなければならないのは、ガス輸入業者の変遷についてである。ウクライナとロシアとの関係が悪化する以前には、ガス輸入に従事していたのはナフトガスないしガスプロムに近い組織(たとえばEural TransGas Kft、RosUkrEnergo、Ostchem Holdingなど)であった。スロバキア、ハンガリー、ポーランドからPLをリバース(逆行)させてガス輸入するようになると、2015年以降、約20のウクライナのトレーダー(たとえばエル・トレーディング、ウクルガスなど)がガス輸入にかかわるようになった。さらに、2016年7月、ルーマニア経由でブルガリアやトルコにガスを輸送するためのガス輸送システムをリバースしてルーマニアからガス供給を受ける協定(年17億㎥程度輸送可能か)にウクライナとルーマニアの関係者は調印した。こうして、ナフトガスによるガス輸入の独占はもはや崩れつつある。

価格面に注目すると、図5に示したように、EUにおけるガスのスポット価格(ヨーロッパでの国境渡し価格)は2013年から2016年6月に390ドル/1000㎥から170ドル/1000㎥まで下落した。ロシア国境渡しとなるウクライナへのガス輸出価格は2013年にはヨーロッパ国境渡しのウクライナへのガス輸出価格を上回っていたから、ウクライナはロシア産ガスよりもヨーロッパからのガス輸入を指向した。2014年になると、ロシアによるクリミア併合などにより、両国関係が悪化したことから、しばらくウクライナはロシアからガスを輸入しなかった。依然としてロシア産ガス価格のほうがヨーロッパからのガス価格より高かったことも、ウクライナのロシアからのガス輸入見送りに拍車をかけた。だが、2015年になると、ロシア産ガス価格がヨーロッパからのガス輸入価格を下回る時期の生まれるようになる。

ナフトガスの幹部によれば、この2年間にガスプロムからのガス購入を削減して欧州からの買付に切り換えたことでナフトガスは4億5000万ドルを節約したという(http://www.rbc.ru/newspaper/2016/08/26/)。そのうち、2015年11月からの節約額は3億ドルにのぼるとみられる。

ウクライナは2015年11月25日以降、売買上の価格差や前払いの必要から、ロシア産ガスを購入していない。2016年3月末をもって、ロシア政府が同年第一四半期にウクライナ向けガスに適用してきた17.77ドル/1000㎥の割引の期限が切れた。2016年6月末になって、ガスプロムのアレクセイ・ミレル社長は第三四半期にウクライナ向けに167.57ドル/1000㎥でガスを供給する用意があると発言した。だが、2016年8月段階の情報では、ナフトガスは10月までに145億㎥をガス貯蔵所に蓄積する計画で、すでに119億㎥を貯めているという(Коммерсантъ, Aug. 23, 2016)。26億㎥のガスが必要だが、ロシアからの輸入はこの時点では計画されていない。

図5 国境渡しのガス価格の推移(単位:ドル/1000㎥)

(註)青色:ロシア国境  黄色:ヨーロッパ国境
(出所)http://finance.bigmir.net/business/71818-Kak-izmenilsja-rynok-gaza-za-poslednie-tri-goda---infografika

別の情報では、図6からわかるように、2015年のガス輸入価格をみると、同年3月以降、ロシアからのガス輸入価格のほうが欧州からのガス輸入価格より安かった。

図6 2015年のウクライナのガス輸入価格(単位:ドル/1000㎥)

(註)青:ロシアからの輸入価格, 赤:欧州からの輸入価格
7月1日から10月12日までと11月25日から12月31日まではロシアからの輸入は行われなかった。
(出所)http://ukranews.com/publication/1531-cena-gazovoy-nezavysymosty-v-2015-reversnyy-gaz-byl-na-11-dorozhe-rossyyskogo

ロシアからウクライナを経由して欧州へガスを輸出するためにガスを輸送する料金(通行料)は、2010年以降、価格割引をなくす一方、通過料金そのものは欧州並みとし、欧州の物価上昇率に連動して年1回改定することになっていた。しかし、この通行料をめぐっては、ストックホルム仲裁裁判所での係争の対象になっている。

2016年、ウクライナは一方的に通行料を引き上げた。2015年春、天然ガス市場法が施行され、EUの法令にならった改革に着手されるようになった結果である。一説には、2015年の通行料、100kmあたり2.73ドル/1000㎥を2016年から4.07ドル/1000㎥にした。この金額は付加価値税を含めると、100kmあたり4.9ドル/1000㎥になる(http://rian.com.ua/economy)。別の情報では、2015年の時点では、欧州へのロシア産ガスのウクライナ国内の通行料は100kmあたり3.35ドル/1000㎥であったが、ウクライナのエネルギー石炭工業相は2016年1月、これを5.58ドル/1000㎥まで引き上げる明らかにした(Коммерсантъ, Jan. 20, 2016)。別の情報では、ノルドストリームの通行料が100kmあたり2.1ドル/1000㎥に対して、ウクライナの通行料は2.5ドル/1000㎥であったという(http://www.vz.ru/economy/2016/6/17)。

2015年にガスプロムがウクライナ側に支払った通行料の総額は約20億ドルとみられており、このままでは2016年は60億ドルに膨らむのではないかとの見方さえある。もちろん、ガスプロムはこの一方的な通行料の引き上げに反対している。他方で、同年1月、ウクライナの反独占委員会は、ガスプロムがその独占権を濫用して無競争で通行料を最近5年間、低く抑え込んできたとして罰金859.66億グリブナ(約34.7億ドル)を科すことを決めた(Нефть и Капитал, No. 1-2, 2016)。このように、ウクライナはガスプロムへの圧力を強めている。

(3) ベラルーシ向け輸出とベラルーシ経由のガス輸送

ここで追加的にベラルーシ向けのガス輸出とベラルーシ経由のガス輸送について簡単に説明しておきたい。

2006年12月31日に締結されたガスプロムとベルトランスガスとの契約(2007~11年のガス供給・通行契約)で、2011年にはガスプロムは欧州と同じ公式に基づいてガス料金を受け取ることになった(後述するように、2011年以降、ロシアの国内ガス価格が基本とされるようになる)。すなわち、ポーランド向けガス価格から輸出税の30%を差し引いたものと、輸送費の差額である。2008年については、公式の33%の割引、2009年は20%の割引、2010年は10%の割引が適用されることになった。当初、ベラルーシは特別修正係数を付加し、2008年に約7億ドルを節約した。2007年5月、ガスプロムはベラルーシの国家資産委員会との間でベルトランスガス株50%を25億ドルで購入する契約に署名した。2010年2月には、最終的にこの契約が完遂された。2010年7月、ベルトランスガスとガスプロムは上記の2007~11年のガス供給・通行契約への追加に調印した。このなかで、2010年の通行料は100kmあたり1.88ドル/1000㎥と規定された。2009年11月から、ベラルーシ側が2006年から続いてきた1.45ドル/1000㎥を拒否した結果であった。

2008年から、ベラルーシ向けのガス価格は四半期ごとに重油や軽油の価格インデックスを考慮して決められるようになり、2013年からは政府間協定によってこれが固定化された。2011年11月になって、両社はベルトランスガスの残りの50%の売買協定(25億ドル)および2012~14年のベラルーシへのガス供給・通行契約に署名した。ガスプロムは12月に、ベルロランスガス株100%を保有するに至り、同社社員の賃金を倍増させ、15億~20億ドルの投資を行う方針を明らかにした。ガスプロムは100%子会社であるガスプロム・トランスガス・ベラルーシ(ベルトランスガス)にロシア・ベラルーシ国境でガスを売却し、ガスプロム・トランスガス・ベラルーシがそのガスを、ベラルーシの消費者にベラルーシ国内でのガス輸送料プラス15.95ドル/1000㎥の割増金で販売するはずだった。こうすれば、220億~230億㎥のガスを毎年ベラルーシに販売すれば、3億5000万~3億7000万ドルの利益になる単純計算だ(税金などは除く)。

ベラルーシのロシアからのガス購入量は2015年が188億㎥(表9の販売量では184億㎥)で、2014年実績(200.52億㎥)よりも減少した。このときのガス価格は2011年以降、ヤマル・ネネツ自治管区消費者向けガス価格(ロシア国内でもっとも安価)に基づくフォーミュラに従って決定されることになった点である。

2016年春になって、ベラルーシ側は欧州向けガス価格の低下のために価格の引き下げや決済方法の変更を求めてきた。2016年当初、ロシア側の理解では、ヤマル・ネネツ自治管区消費者向けガス価格(2016年1月1日のレート換算で約36ドル/1000㎥)にベラルーシまでの輸送費(約90ドル/1000㎥)とロシアの地下貯蔵所でのガス貯蔵料(約6ドル/1000㎥)の加えた合計132ドル/1000㎥が価格であるとみなされていた。だがその後、ベラルーシ側の要望を受けて、夏にロシア側は108ドル/1000㎥に引き下げることを合意した。だが、ベラルーシ側は双方の最終合意を待たずに、ベラルーシ側は年初から73ドル/1000㎥での支払いを一方的に開始した。その結果、ガスプロムからみてガス債務が4億ドルを超えてしまった(Экспрот, No. 38, 2016)。あるいは、約3億ドルにのぼったという。

そこで、ロシア側はベラルーシへの石油供給の削減に打って出た(第三四半期には500万トンから350万トンに削減)。さらに、連邦獣医・植物衛生監視庁はさまざまの理由から42のベラルーシ企業の農産物のロシアへの供給を規制した。こうしてロシアとベラルーシとの関係が悪化するに至っている。これに対して、ベラルーシ側は領内を通るロシアの石油通行料を50%引き上げる決定を10月11日から実施することを決めた。これは、2016年2月に通行料を10%引き上げたばかりであるにもかかわらず行われるもので、ガス問題をめぐる対立への対ロ牽制であるとみられている。

こうした混乱のなかで、2016年10月10日になってようやくメドヴェージェフロシア首相とアンドレイ・コビャコフベラルーシ首相との電話会談で、その前の週に副首相間で合意されていた内容が承認された。その内容は必ずしも明確ではないが、新聞報道によると、ロシアのガス供給価格は据え置かれるが、ベラルーシによって実際に支払われる額を低くするようにロシア政府がガスプロムに補償措置をとる。従来通り、名目上はドル建てのガス輸出価格が適用されるが、7月1日からはルーブル建て価格をベラルーシには支払ってもらう。このルーブル建てガス価格はロシア国内のルーブル建て平均ガス価格に単一ガス供給システムに基づく距離に応じた係数を乗じて価格決定するもので、2017年の価格は、国内の平均ガス卸売価格4050ルーブル/1000㎥に係数1.48を乗じた約6000ルーブル/1000㎥がベラルーシ向けガス価格となる見通し。2017年の場合、ガスプロムとの契約に基づく価格とベラルーシ向けの実際の価格との間の差を補償するために必要なロシア連邦予算額は2017年のルーブル相場にかかっている。ガスプロムの価格の既存のフォーミュラにおいては、ヤマルからベラルーシ国境までの輸送費やガス保管料、ガス販売価格の合計(ルーブル建て)をドルに換算した価格が使われている。2016年向けでは95.3ドル/1000㎥になる(Коммерсантъ, Oct. 10, 2016)。なお、2016年7月の導入時の価格は判然としない。

別言すると、事実上、ガス価格は引き下げられる。名目上のドル建てガス価格のほうがルーブル建てのベラルーシの実際の支払い向け価格を上回るとみられるためである。それによって生じるガスプロムの減収分はロシアの歳入から賄う。この合意の成立で、ロシアはベラルーシへの原油供給を復活し、ベラルーシは予定されていたロシアの原油通行料の引き上げを停止する。といっても、この事実上のガス価格の値引きは2016年7月1日から適用する。約30%の割引となりそうだ。今年に入ってベラルーシが一方的に安い価格しか払ってこなかった分については、ガスプロムへの未払い(債務)として約3億ドルがある。ベラルーシ側はこの債務を10月20日までに返済しなければならない。

ベラルーシはロシアからのガス輸入をめぐってロシアから優遇されているだけではない。 2011年11月の合意時点には、ベラルーシはもう一つ、ロシア側から譲歩を引き出すのに成功した。それは、原子力発電所建設へのロシアからの融資である。融資総額は100億ドルまでの範囲で行われ、融資期限は10年だが、返済は15年間にわたる。といっても、このクレジットは、ロシアのアトムストロイエクスポルトへの原発建設代金として利用されるため、現金がベラルーシに渡されるわけではない。

ほかにも、ロシアとベラルーシとの間には、軍事技術協力という太いパイプが存在することも忘れてはならない。2012年には、防空ミサイル複合体Tor-M2、一式がベラルーシに廉価で輸出される。同年夏には、2国の単一防空地域システムの枠内で軍事作戦演習が実施される。さらに、同年7月、ロシアとベラルーシの首相列席のもとで、2基の原発建設契約が締結された。2006年の契約に基づいて、すでに原発建設が進んだが、今回の契約では、2018年11月と2020年7月にそれぞれの稼働が見込まれていた。このために、ロシアは100億ドルもの融資を行う。

ガスプロムにとって、ベラルーシを経由してポーランド、ドイツへと向かうガスPL「ヤマル-ヨーロッパ」はきわめて重要な役割を果たしている(16)。ガスプロムとしては、すでに紹介したように、「ヤマル-ヨーロッパ 2」の敷設を以前から計画してきたが、その実現可能性はほとんどない。両国間の関係が悪化しているからだ。

もう一つ指摘しておきたいのは、2010年12月9日に、ロシア、カザフスタン、ベラルーシが単一経済空間を創出するという枠組みのなかで、PLなど、ガス輸送業分野における自然独占施設のサービスへのアクセスルールに関する協定に署名したことである。公平性の実現が原則となっているが、これはカザフスタンが自らのガスを第三国に自主的に供給するためにロシアやベラルーシにガス輸送システムの利用を求めることを除外している。協定の第2条で、単一経済空間の領域を超えたガス輸送にまでは、同協定は適用されないと規定しているからである。もしこれが可能になれば、カザフスタンは欧州の顧客と直接、ガス供給契約を締結し、ガスPLには輸送サービス料を支払うことになる。しかし、ロシアは中央アジアからの対欧州ガス輸出を独占したいと考えており、ロシア、カザフスタン、ベラルーシの経済統合が進んでも簡単にはこうした方針は変更されそうにない。


(11) 2013年以前のロシアとウクライナのガス取引で重要なのは、国営企業であるロシアのガスプロムとウクライナのナフトガスが2009年1月19日付で署名したガス供給契約への補則である。この契約は2008年初の2国間対立で、欧州向けガス輸出が滞った事態を解決するために、2009年から19年までの11年間のウクライナを通じたガスの供給・通行契約を締結したものだった。その内容は、①四半期ごとに「市場価格」(前9カ月間の軽油・重油相場に連動)に基づいてウクライナへの国境渡し価格を決定する、②09年については20%割引を適用する一方、ロシアからのウクライナ領内のガス通行料も欧州並みではなく、100kmあたり1.7ドル/1000㎥に据え置く(供給量は400億㎥、通過量は1200億㎥)、③10年以降は価格割引をなくす一方、通過料は欧州並みとし、欧州の物価上昇率に連動して年1回改定する、④輸出入取引の仲介者の排除、⑤“take or pay”原則の採用(ナフトガスがガスを受け取らなくても、申請規模の80%の代金を支払う)――などであった。その後、2010年4月、補則において、①2010年のウクライナへのガス販売量300億㎥について30%の割引を4月から適用する(年間の購入計画は365億㎥で、ウクライナが2010年第1四半期に支払ったガス価格は305ドル/1000㎥で、第2四半期には、336ドルから上限の100ドルを値引きした236ドルになる)、②2011~19年については、毎年400億㎥を30%割引でウクライナに販売する(契約に基づいて2011年に年間購入量は520億㎥まで復帰)、③“take or pay”原則は変更せず、契約した年間ガス購入量の80%を保証するほか、厳しい罰則規定を伴った月次ベースの購入量や決済条件も維持する――などを定めた(ウクライナがロシアから輸入したガスを再販できるかどうかは判然としないが、おそらく可能であろう)(Pirani, Simon, Stern Jonathan, & Yafimava, Katja, 2010, The April 2010 Russo-Ukrainian gas agreement and its implications for Europe, The Oxford Institute for Energy Studies, University of Oxford, pp. 12-14)。割引はロシア政府がガスプロムに課している輸出関税(30%)を免除することで供与される(ガス契約価格が333.33ドル/1000㎥より安い場合に輸出税をゼロとするが、割引は100ドルを上回ることはできない)。この結果、ロシア政府は10年間で400億ドル以上(現行価格を前提)の歳入を失うことになり、その分、ウクライナのガス価格が割り引かれることになる。これに対して、ウクライナ政府はロシア政府との間で、クリミアでのロシア黒海艦隊駐留延長条約を締結、駐留期限を迎える2017年から2042年までの25年間(もう5年間の自動延長可能)についても黒海艦隊基地の貸与を認めることにした(リース料は2019年から現行の年9800万ドルとし、それまでの間の現金支払いはない。ロシアはセバストーポリのインフラ整備に資金を投資する。条約は4月中にロシアとウクライナでともに批准され、両大統領が署名した)。この結果、ユーシェンコ前大統領時代に希望していた、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟がきわめて困難になったというのが最大の眼目である。ロシアがセバストーポリを借りている状況では、NATOという安全保障体制にウクライナが加盟するのは障害になるからだ。ただし、セバストーポリにあるロシア黒海艦隊がこれほどの価値があるのかどうかについては、疑問符がつく。多くの軍艦は建造後30年以上もたつ老朽艦であり、米ソ冷戦時代の対立を想定して配備されたものにすぎない。セバストーポリの価値はロシアにとってシンボリックなものにすぎないという見方もあった(The Economist, May 1st, 2010)。だからこそウクライナの一部の人々は貸与期限の延長に猛反対した。さらに、ロシアは2020年までにノヴォロッシースクに30億ドルをかけて艦隊寄港用の軍港を完成させる予定だ。言わば、セバストーポリとノヴォロッシースクに二重投資をしていることになる。上記の4月合意では、ガスプロム側に“take or pay”原則が認められたにもかかわらず、ウクライナ側には、ガスの通行料契約を保証するための“ship or pay”原則は認められなかった、ウクライナを通過するガスの一定の通行量を達成できない場合、ガスプロムがウクライナ側に未達成分を補償する罰則を科すことができない状況になっていることになる。加えて、ウクライナにおけるガスプロムによるガス貯蔵については、2009年1月の契約には規定されておらず、2004年7月にナフトガスとガスプロムとの間で締結された25年契約にのみ基づいていることになる。2006年1月に経験した危機後、ガスプロムはウクライナへのガス供給者ではなくなり、ロスウクルエネルゴという合弁会社(ガスプロムが50%、ウクライナの企業家フィルタシが45%を保有)が一時、仲介者として唯一のガス供給者となった。補則として、ナフトガスとロスウクルエネルゴとの間で、30年間、ナフトガスはロスウクルエネルゴ向けにガスの貯蔵を認めることに合意した。貯蔵料は2.25ドル/1000㎥に定められ、2007年8月に7.84ドルに引き上げられた。ところが、2009年1月のガスプロムとナフトガスとの間の合意で、ロスウクルエネルゴはウクライナへのガス供給者ではなくなった。ただし、この際、上記の補則が無効にされたかどうかは判然としない。

(12) スロバキアからウクライナへは「ヴォヤヌイ-ウジゴロド」PLルートが利用されており、その輸送能力は年約150億㎥である。

(13) 28のEU加盟国のなかで、2016年9月現在、オランダだけがこの連合協定を批准していない。オランダでは、同年4月、投票率32.2%の国民投票が行われ、61.1%が批准に反対した。全体としては、有権者の2割程度が批准に反対したにすぎないが、オランダ政府は批准に慎重な姿勢をとっており、同年11月までには批准手続きを進めるかどうかを判断する(Ведомости, Sep. 26, 2016)。

(14) 第1章の註(1)で説明したように、EUの制度変更に伴って、とくに、バルト三国におけるガス会社の垂直分離が問題化している。エストニアでは、ガスプロムが37%、E.On Ruhrgasが33.66%、Fortumが17.22%、Itera Latvijaが9.85%を保有するEesti Gaasを、輸送部門と販売部門に分離する天然ガス法改正案が2012年1月に成立した。Eesti Gaasはガス輸送や配送、国内販売を行う独占企業だが、2015年までに垂直分離を実施した。ラトビアの独占企業のLatvijas Gazeについては、2017年末までに同社を輸送システムオペレーター部門とガス配送部門オペレーターの二つの独立した企業に分割することが計画されている。すでに2016年1月には、ドイツのUniper Ruhrgas International(以前の名称はE.On Ruhrgas)からLatvijas Gaze株28.97%を欧州のMarguerite Fundが取得した。この結果、Uniper Rurgasの持ち株比率が18.26%まで低下する一方、ガスプロムの同割合は34%のままであり、ロスネフチが支配するItera Latvijaが16%を保有していた(Нефть и Капитал, No. 1-2, 2016)。
(15) 欧州における価格形成問題については、坂本茂樹「欧州から活発化した天然ガス価格フォーミュラを巡る議論」(JOGMEC、2010)を参照。もっとも優れたガス価格分析として、Melling, Anthony (2010) Natural Gas Pricing and Its Future: Europe As the Battleground, Carnegie Endowmentを紹介しておきたい。
(16) 「ヤマル-ヨーロッパ」のオペレーターは合弁会社EuRoPolGazで、同社株の52%がポーランドのPGNiG、48%はガスプロムが保有している。1993年に設立された。2016年6月の株主総会では、役員報酬や配当が承認されたのだが、同年9月現在、PGNiGは配当支払いをブロックしているという(Ведомости, Sep. 26, 2016)。こうした嫌がらせが日常的に行われているのがいまのロシアとポーランドの関係だ。

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