日本年が公式的にスタートするのは、1月21日、首都キエフのウクライナ国立美術館でのことだ。そこでは「歌舞伎の世界」と題された浮世絵展が始まる。この展覧会について、スプートニク日本のアンナ・オラロワ記者が、学芸員のユーリヤ・ズィノヴィエワさんにインタビューした。
「歌舞伎の世界」展では、100点以上もの浮世絵歌川派の作品が紹介される。この流派は、19世紀前半に発展した。歌川国貞、歌川国芳そして彼らの弟子達の作品の数々は、1997年に駐ウクライナ日本大使館が美術館へ寄贈したものである。
ズィノヴィエワ学芸員は、次のように話してくれた-
「日本大使館とウクライナ国立美術館は、事実上、同じ通りにあり、私達はお隣同士だ。美術館ではすでに、日本大使館主催の現代日本芸術展など、多くの展覧会が開かれてきた。こうした展覧会は、私達の美術館来訪者に大変人気があった。もちろん私達は、日本大使館が他でもない私達に注意を向けて下さることを誇りに思っている。私は、ウクライナにおける日本年の枠内で、さらに多くのイベントが行われることを知っているが、私達の美術館が、日本年についてキエフ市民そしてウクライナ国民に初めて知らせるチャンスを得たことを光栄に思っている。」
21日の「歌舞伎の世界」展の開幕式には、角 茂樹ウクライナ駐箚日本国特命全権大使の他、ウクライナのエフゲニイ・ニシチューク文化相、マリーナ・ポロシェンコ大統領夫人も出席する見込みだ。展覧会の枠内では、日本語の授業やマスタークラス、歌舞伎映画の上映会なども予定されている。
2017年一年の間に。首都キエフばかりでなく、オデッサやリヴォフ、ハリコフ、ヴィンニツェなど日本センターがある他の都市でも、両国民の友好関係強化、並びに文化・科学・ビジネス分野での日本ウクライナ関係発展を目指した様々なイベントが行われる。またテーマ別の会議や投資協力に向けたプレゼンテーションも予定されている。
1991年12月28日、日本は、ウクライナの独立を認め、ひと月後の1992年1月26日、日本とウクライナは外交関係を樹立した。両国の外交関係スタート時の思い出について、スプートニク日本記者は、2012年に旭日中綬章を授与された地理学の専門家でタラス・シェフチェンコ記念国立キエフ大学教授を務めるボリス・ヤツェンコ氏に、独占インタビューを試みた。以下御紹介したい。
我々と笠井達彦氏(1992年1月に代理大使を務め、その後、駐ウクライナ日本大使の顧問となった)とが、キエフ・ホテルの一室の窓辺に立った、あの時の事は、記憶に刻み込まれている。窓からは、最高会議の建物とドニエプル川の土手に広がる公園が見えた。素晴らしい景色だった! 公園は新鮮な雪と霜に覆われ、ドニエプル川の向こうに広がる遠景は銀色で、透き通るように清らかだった。日本の方達は、自然の素晴らしさに感嘆していた。そして笠井氏は、こう言ったのだった『この美しい場所のどこかに大使館の建物を、その隣には日本文化センターを作りましょう』。少し後になって、私は、笠井氏とのこうした会話を思い出し、次のような俳句を作った。
キエフが丘 新雪握手は 親切に温かき (Схили київські,пороша. Щирий потиск дружніх теплих рук)」
2015年、日本の首相として初めて安倍晋三氏がウクライナを訪れ、翌2016年には、ポロシェンコ大統領が日本を訪問、東京そして、キエフの姉妹都市である京都を訪れた。ウクライナに対する日本の投資は、30億ドルを越えた。日本の角駐ウクライナ大使は、昨年12月28日、大使館のサイト上で公開された公式声明の中で「日本は、G7のメンバー国として、今後もウクライナの改革実施を支援し続けるだろう」と述べている。