シェスタコフ氏は、若い時にウラジーミル・プーチン大統領と一緒に柔道とサンボを始めた。両氏は団体「Trud」のジュニア代表チームのメンバーだった。
現在シェスタコフ氏は柔道のスポーツマスター、功労トレーナーの称号を持っている。同氏は2000年と2002年に書籍「柔道:歴史、理論、実践」と「プーチンと柔道の心」をプーチン大統領と共著、2009年からFIASの会長を務めている。
同氏はプーチン大統領杯全日本サンボ選手権大会の開催に積極的に参加したほか、2014年に日本で開かれた世界サンボ選手権大会の組織でも大きな役割を果たした。シェスタコフ氏は、日本の国会との交流に関する議員グループに参加し、露下院の体育・スポーツ・青年問題委員会のメンバーとして露日の議員間交流の活性化に大きく貢献した。そのため受章は当然と言えるだろう。
シェスタコフ氏は、まさに柔道が日本、そして日本文化を知る助けになったと述べた。同氏は、講道館を創設した嘉納治五郎がロシア人柔道家にとって大きな意味を持っていることを特に指摘した。また柔道がプーチン大統領に大きな影響を与えたと考えている。「自分自身と周りの世界との調和に生きること」。シェスタコフ氏によると、プーチン大統領はこの人生の規範を柔道の哲学から学んだ。プーチン大統領は柔道について、肉体のみならず知性のためのトレーニングだと考えている。プーチン大統領によると、柔道は体力、反応、持久力を高め、自制することや瞬間の鋭さを感じること、敵の長所と短所を見出すこと、最良の結果を目指して努力すること、常に自分を磨くことを教えてくれるという。
シェスタコフ氏は、ロシアおよび日本のマスコミに、露日関係は平等、善隣関係、友情を基盤に発展していると述べ、「両国の関係は対等であるべきだ… 一つの国が別の国より優勢であってはならない」との確信を示した。またシェスタコフ氏は、「民間外交」を発展させる必要性を強調し、「日本へ行く人たち、日本からロシアへ来る人たちが増えれば増えるほど、ロシアと日本の関係は強くなるだろう」と述べた。シェスタコフ氏自身も、長年の友人である偉大な日本の柔道家、山下泰裕氏の積極的な協力のもと、露日の実り多い文化交流のために多大な努力を払っている。2005年からは山下氏と一緒に若い柔道家代表団の交流を開始した。中でも2004年にベスランで発生したテロで被害に遭った柔道家たちの訪日と、福島の地震で被災した日本の柔道家たちのペテルブルグ訪問は最も意義のあるものとなった。
シェスタコフ氏の日本の友人は山下氏だけではない。シェスタコフ氏は2003年から駐ロシア日本国特命全権大使の上月豊久氏とも友情を育んでおり、一緒に狩猟に出かけたこともあるという。またシェスタコフ氏は、 FIASエグゼブティブボードメンバーの浅井信幸氏も友人の1人として挙げている。シェスタコフ氏は日本の歴代の首相たちにも会ったことがあり、小泉純一郎元首相には自身の著書「ワシリー・オシェプコフ-サンボの創始者」を送り、これに感謝する書簡を受け取っている。
シェスタコフ氏は、サンボがオリンピック種目になることを夢見ており、日本がこの件で国際サンボ連盟に積極的に協力することに期待している。
バランディナ・エレーナ