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「ライカ」の今関あきよし監督はこれまで、原発事故後のベラルーシを舞台にした「カリーナの林檎~チェルノブイリの森~」や、ウクライナに実在するトンネルをモチーフにした「クレヴァニ、愛のトンネル」といった作品を手がけてきた。「クレヴァニ」の影響でウクライナの愛のトンネルは日本人にも広く知られることになり、モスクワ在住の筆者の周囲でも、「愛のトンネルにあやかりたい」とクレヴァニ村まで行く人が続出した。今関監督は、「ロシアは色々なカルチャーが混在している国。ずっとここで映画が撮りたかったので、ついに時が来て嬉しい」と話す。
ダブル主演を務めたのは、ライカ役の宮島沙絵さんとユーリャ役のクセーニア・アリストラートワさん。二人とも映画初主演で、それぞれ東京とモスクワのオーディションで選ばれた。今関監督はアリストラトーワさんに「ユーリャ役はほぼ即決で決定。笑顔も良くて真面目で、日本的な気遣いもできる」と太鼓判を押す。一方、ライカ役の選考は難航。複数回のオーディションでやっと出会えたのが宮島さんだった。監督は宮島さんを「小柄だけど、すごくタフ」と評する。
ライカは奔放でわがままで、愛を独占したい女のコという役どころだが、素顔の宮島さんの印象は真逆。つぶらな瞳、はにかみながら話す様子に、思わず「守ってあげたい」と思ってしまう。宮島さん以外の出演者はほぼロシア人で、宮島さんのセリフもほぼ全部ロシア語。とても一か月半でロシア語での演技をマスターしたとは思えない、内に大きなパワーを秘めた女優だ。
アリストラートワさんは現在、モスクワで女優として活躍し、数々の舞台で主役を演じている。映画の中で、ライカと仲違いするシーンでは感情を爆発させる迫真の演技を見せる。アリストラートワさんは「ユーリャと自分の内面は似ているところがあるので、それでこの役を得られたのではないかと思います。私の起用は監督にとってリスクもあったと思いますが、結果的に期待に答えることができたと願っています」と話し、日本の撮影チームへの感謝を述べた。
試写会が終わると、この映画は何を伝えたかったのかで来場者の見解が分かれ、議論が始まった。「愛を保存できるのか」「生活のことを考えない愛は存在し得るか」「主役の二人は夢と日常の象徴ではないか」「日本を舞台にした続編が見たい!」などたくさんの意見が出たが、あまり書くとネタバレしてしまうので、答えはそれぞれの観客の皆さんに委ねるとしよう。
「ライカ」は国籍、性別を超えた愛という普遍的なテーマを扱いつつ、モスクワの独特の空気感が楽しめる映画だ。今関監督自身も大好きだというきらびやかな地下鉄や、ライカが自分をライカと名乗るきっかけを作ったヴェーデンハーの宇宙飛行士博物館、観覧車、アルバート通りなど、いずれも観光名所でありながらスクリーンの中に自然にとけこんでいる。劇中でユーリャとライカが住んでいるのはコムナルカと呼ばれるソ連式の集合住宅で、現代ではすっかり数少なくなった。共同台所でユーリャにからんでくる住人の女性が「いかにもコムナルカにいそう」で、出番は少ないが良い味を出している。ユーリャが丁寧に食事を作ったり、部屋の中に下着が干してあったりと、細かいロシア的な生活感にあふれている。どの場所もクレヴァニよりは簡単に行けるので、モスクワ観光の際にはロケ地めぐりをしてみるのも良いだろう。
「ライカ」は日本では夏頃に公開の予定。既に海外からも複数の上映オファーが来ている。