「銀の声」はフェスティバルと謳われているが、事実上のコンクールだ。9歳から21歳までの若者が年齢別、また専門教育を受けている者と受けていない者に分かれて歌を披露する。今年10回目を迎えた「銀の声は」2年毎に開催されており、今年は20周年という記念の年。そんな長い歴史と実績を持つコンクールに、日本人の声楽家が審査員として参加した。北海道教育大学岩見沢校の声楽コースで教鞭をとる、服部麻実さんだ。
服部さんは、東京音楽大学研究科オペラコースを卒業後、東京二期会オペラスタジオを修了、その後モスクワ国立音楽院でロシア人民芸術家のガリーナ・ピサレンコ教授の下で学んだ。様々なコンクールで優勝、入賞し、ソロリサイタルをはじめ様々なコンサートに出演する日本のソプラノ歌手だ。
そんな服部さんが「銀の声」に審査員として参加するのは今回が3回目。服部さんは「このフェスティバルは歌唱コンクールとしての要素を含むだけでなく、文化的、また教育的なプログラムが沢山含まれていたことに驚きました」と語る。「銀の声」は、「歌ったら終わり」ではない。審査の後にはマスタークラスがあり、モスクワ観光、ガラコンサートもある。またプログラムの課題も生誕や没後などの記念の年にあたる作曲家、現代の作曲家、さらに歴史的出来事に関連したテーマなど多岐にわたる。また過去に「銀の声」で入賞し、現在音楽院で学んでいたり、歌手として活動している若者たちが「大人の審査員」とは別に「若い審査員」として審査を行う。
服部さんは「フェスティバルに参加することにより、歌唱の上達だけではなく文化や歴史を学ぶということにもなります。子供たちはそれらを学んでいるという特別な意識はないかもしれませんが、このような経験をすることによって次世代の文化の担い手、または教育者となるために今後、更なる努力を積み重ねてゆくのではないかと思います。文化の継承者を育てるということは、芸術や文化を指導するということだけではありません。文化を取り巻く環境に触れることが大切であり、それを幼いうち、また若い時に経験することが大事なんです」と語る。
そう、フェスティバルの参加者たちは意識してはいないかもしれない。だが子供を愛する大人たち、芸術を愛する大人たちが、歌唱の技術のみを重視するのではなく、プログラムの内容から表彰式、ガラコンサートの演出に至るまで文字通り細部にわたって入念に企画したこのフェスティバルは、子供たちに貴重な経験の場を与え、それが彼らの自信となり、溌剌とした笑顔となって現れている。
それにしても「銀の声」には惚れ惚れとするような美声の持ち主が「うようよ」いた。まさに「楽器が違う」と感じさせられる。さらにロシアの子供たちは舞台に立っても動じない。緊張しそうなものだが「嬉しくてうれしくてたまらない」といった様子で、のびのびと歌う。その姿は一人前の演奏家であり、「お見事」の一言だ。
表彰式では各部門の入賞者が発表された他、ディプロマも授与された。また子供たちを指導している教師たちも表彰され、審査員たちにも感謝状が贈られた。ガラコンサートではステージで歌う子供だけでなく、その教師と伴奏者の名前がアナウンスされた。舞台に上がる歌い手だけではなく、彼らを支える人たちもちゃんと評価されるのだ。
服部さんは「このフェスティバルはコンクール形式で行われていますが、参加者たちには良い成績を取らなければならないといった悲壮感や必死さは見られず、むしろ歌うことの喜びと楽しさを感じているように思われました。若い彼らの愛らしく、元気に溢れた歌唱を聴いて熱く感動しました」と語っていた。
最後に、表彰式では司会も務めた「銀の声」を主催しているモスクワ市にある子供芸術センター「文化と教育」のセンター長、アレクサンドラ・ポリャンスカヤ氏のお話をご紹介したい-「このフェスティバルは1位、2位を決めることが大切なのではありません。大切なのは、クラシック音楽を知り、好きになり、成長と共に視野を広げることです。勉強しても音楽関係の仕事は多くありません。音楽院を卒業しても仕事がありません。ではなぜこのような芸術教育が必要なのかというと、それは一般的に芸術的なレベル、文化的なレベルを保ってゆくことは、国にとっても、個人の人生にとっても重要なことだからです。人生にとって芸術を知ることは大切なことです。趣味はもしかしたら人生には無駄なこと、必要のないことかもしれません。でもそれは心の休息なんです。一日中オフィスで働いた後で、夜に歌ったり踊ったりしてストレスから解放されるためにも必要なんです」。
たとえ芸術家になれなくても、その経験は必ずや人生の肥やしとなる。ロシア人はたとえ失敗したとしても、その人が一生懸命にやったならば決して馬鹿にしない。むしろ、その努力を誇らしげに褒める。コンクールでは順位が決められる。だが「銀の声」では優劣を決めるのではなく「子供たちを応援するために賞を与えている」という印象を受けた。子供たちは自分がやり遂げたことに自信を持ち、希望を抱いて前へ進むはずだ。才能豊かなロシアの子供たちが周囲の励ましによって自信と希望という武器を手にしたら、さらに「無敵」になる。ロシア人の凄さを知るカギの一つは、ここにあるのかもしれない。
フェスティバル「銀の声」2017ホームページ