日本の天皇に関する「法律は書かれるか」?

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日本政府は、明仁(今上)天皇の退位にむけた「お気持ち」に関連して「法的なむずかしさ」を経験している。そうした事から、すべての政党の代表者らの話し合いの中で、天皇の退位等に関する皇室典範特例法案が示された。一体なぜ、ほぼ一年にもわたり、天皇の退位に関する論争が、止むを得ない理由によりこうして続いているのだろうか? 明仁天皇は、ユニークな特例なのだろうか?

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結論をまず言えば、ユニークな特例ではない、この100年を取ってみても、世界のいくつかの王家において、王が自身の意志により退位している。その最も早い有名な例が、1936年の英国のエドワード8世の退位である。彼は、離婚経験のある米国のウォリス・シンプソン夫人と結婚するために、英国王の座を捨てた。また1964年、ルクセンブルクのシャルロット大公は、長男のジャンに大公位を譲って退位している。そしてこのジャン大公も、2000年長男のアンリに譲位した。アジアでは、カンボジアのノロドム・シアヌーク国王が2度、1941年から1955 и年そして1993年から2004年の間、王位を譲っている。21世紀に入り最近でも、そうした例はかなりある。2013年には、ベルギーのアルベール2世が、緊急テレビメッセージを発表し、国民に退位を伝えた。日本の天皇が退位の[お気持ち]を示された理由は、御高齢となられ「象徴としての公的な活動を続けることが困難となることを深く案じておられる事」である。

これまで挙げた例の数々は、日本の状況が、世界の君主の退位の例の中でもよく見られる事を裏付けている。まして日本の天皇家でさえ、かつてそうした例があった。そうした先例となった最初の一つが、200年前、1817年に譲位された光格天皇である。 ではなぜ、今上天皇の場合、これまで長い間、前例のないものとして検討されているのだろうか?

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Edward VIII of the United Kingdom

日本の天皇を神聖なものとは見ない傾向は、新しいのものではない。戦後の昭和天皇による、いわゆる「人間宣言」のあと、この重要な問題には終止符が打たれた。米国のマスメディアが、それを日本の最終的なイデオロギー的降伏であり西側の大きな勝利と解釈したのも偶然ではない。そして戦後の時代、徐々に独自の役割が天皇に与えられるようになっていった。その機能は、基本的に、国を象徴する事や儀式的なものに限られるようになった。

こうした日本の天皇について、ロシアの日本専門家、ヴィターリイ・シヴィトコ氏は「日本の例はユニークだ」とし、次のように続けた-

日本において、今上天皇が現れる時は、前の天皇が亡くなられた時だという伝統が犯されようとしている。重要な問題は、いかなる文法的形態を、社会政治生活や宮廷での儀式の際に、今の天皇と前の天皇に適切に用いるべきかという事にある。その際、生活は続くとの理解があり、状況は繰り返される可能性がある。それゆえ、多くの白熱した議論が生じている。ある議員らは、今の天皇に限った法律が不可欠だと考え、別の議員らは、将来、同様の状況で変わらず用いることができるような普遍的な法律が必要だと強く主張している。

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しかし一般市民にとってそうしたニュアンスに意味があるだろうか?例えばスウェーデンでは、カール16世グスタフの人気は記録的に低い。この事は、新聞Expressenが公表した社会学センター「デモスコープ」の世論調査の結果が証明している。社会ではすでにだいぶ以前から、カール16世グスタフは、長女に王位を譲るべきだとの意見が広がっている。彼は現在71歳だが、世論調査での支持率は43%、そして51%の国民が、今後も彼が国を率いていくべきだと考えている。日本について言えば、共同通信の調査によれば、特に若い世代が、明仁天皇の「お気持ち」を全面的に支持しており、アンケートに答えた人のうち85%以上が、譲位の合法化に賛成している。日本社会の最も保守的な層は、特に現安倍政権を支持しているような人々は、明仁天皇に限っての退位に関する法律作りを強く主張している。これは伝統を固く守ることだけが、その理由ではない。

20世紀の始りは、世界中を大きく震撼させた。例えば、欧州での第一次世界大戦は、一連のブルジョア民主革命を引き起こし、欧州の君主達の退位につながった。その先駆けとなったのが、1917年のロシア帝国のニコライ2世の退位だ。彼は、自分と息子のための王位を弟のミハイル・アレクサンドロヴィチ大公に譲ったが、彼は王位につくことを拒否した。王位を退いたもののニコライ2世の人生は、悲劇的なものとなった。第一次世界大戦中にロシア軍の兵士達は「ツァーリのために!」と戦いに出陣したが、その後革命が起こり、ニコライ2世は家族と共に残酷に処刑された。また1918年11月革命の結果、ドイツ帝国もその存在を停止した。ドイツ皇帝でプロシア国王だったウィルヘルム2世は、国内からオランダに亡命、そこで生涯を閉じた。オーストリア・ハンガリー帝国の最後の皇帝で、チェコ及びハンガリー国王だったカール1世は、1918年11月の帝国崩壊後「国家統治から退くこと」を宣言した。第二次世界大戦後、1945年から1947年の間に、ソ連の影響圏に入った東欧の王達、例えばユーゴスラビアのペータル2世やブルガリアのシメオン2世、ルーマニアのミハイ1世などが、社会主義革命の結果、亡命を余儀なくされた。公式的には、彼らは退位表明をしていない。

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そうした中、幸運だったのは、何と言っても英帝国の代表者らで、彼らは自分達のステータスを守った。とはいえ彼らは、大分前から天上の住人であることを止め、ゴシップ記事のネタになり、英王室の生活における出来事の一つ一つは、世界の人々の目をこのユニークな英国の制度に向けさせている。しかしエリザベス女王自身は、今も多くの英国市民にとって「National grandmother」である。一方日本の天皇は、年齢と共に、公共の場を避けるようになったように思う。全体として天皇家が、世界のタブロイド紙の注意をひくことも少ない。

ただはっきりしていることが一つある。伝統に対する尊敬の念は、進歩を否定するものではないという事だ。つい最近日本で、女性天皇の可能性について討論が行われた。2006年に天皇の次男のもと、秋篠宮家に男の子が誕生してから、これに関する話は、徐々に立ち消えになっていた。

一時的に中断しても、避けられない改革や変革は排除されたわけではない。この事は、日本の天皇に関しても同じである。

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