人類の歴史における原子爆弾のトップ5:我々は過去の過ちに学べるだろうか?【写真】

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6月22日、ロシアでは、いや、ロシアだけではなく世界中で、身震いを感じながら、第二次世界大戦の開始について人々が思いを馳せている。まさに1941年のこの日、明け方に、ナチスドイツ軍が宣戦布告なしに、急激にソビエトの西側の国境に攻撃を開始し、ソビエトの都市を空襲したのだ。まさにこの時期に初めて、最も恐ろしい人類の発明である核爆弾の応用がなされたのである。スプートニクは、歴史上で最も有名な原子爆弾についてご紹介する。

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1.リトルボーイ(小さな男の子)

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リトルボーイ(小さな男の子) - Sputnik 日本
リトルボーイ(小さな男の子)

実験ではなく戦争目的で使用された最初の原子爆弾が、米国の「リトルボーイ」だ。1945年8月6日に投下され、日本と米国の戦争の決定打となった。18キロトンの威力を持つリトルボーイのせいで、広島の14万人もの人が犠牲になった。

2.ファットマン(太った人間)

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ファットマン(太った人間) - Sputnik 日本
ファットマン(太った人間)

ファットマンは、リトルボーイに続き、米国が日本に投下した、二番目に実戦で使用された原爆だ。長崎の市民達がこの原爆、21キロトンの威力の犠牲になり、8万人もの命が一瞬にして奪われた。その後、3万5千人が後遺症で亡くなった。ファットマンは現在に至るまで、実戦で使用された、人類史上で最も威力の大きい原爆である。

3.ベーカー

© 写真 / Public domainビキニ岩礁、1954年
ビキニ岩礁、1954年 - Sputnik 日本
ビキニ岩礁、1954年

ベーカーは、戦争が終わってから、米国が実験した3つの原爆のうちのひとつである。ベーカーは、1946年の「クロスロード作戦」に参加し、世界に初めての核のカタストロフィーをもたらした。核実験が行われたビキニ岩礁は生存には適さず、2010年まで無人島だとみなされていた。核爆弾実験は、艦船や実験用動物への影響を確かめるために行われた。

4.キャッスルブラボー(エビTX-21)

© 写真 : Public domainキャッスルブラボー(エビTX-21)
キャッスルブラボー(エビTX-21) - Sputnik 日本
キャッスルブラボー(エビTX-21)

キャッスルブラボーは、米国が実験を行った核爆弾の中で最も威力の大きいものである。実験は1954年の3月に行われ。不可逆的な結果を招いた。15メガトンの大爆発は原子力汚染の原因になった。マーシャル諸島に住む何百人もの人が被爆した。きのこ雲は40キロメートルの高さにまでのぼり、爆発の直径は100キロメートルとも言われた。この爆発は海底に直径2キロもの巨大なクレーターを生み出した。この実験がもたらした結果は甚大だったため、核爆弾実験作戦を行う制限の原因ともなった。

5.ツァーリ・ボンバ(АН602)

ツァーリ・ボンバは、歴史上、単一兵器として、世界で最も威力の大きいソ連の核爆弾である。弾は8メートル、直径は2メートルに及び、1961年にノーバヤ・ゼムリャで実験が行われた。当初この爆弾は100メガトンの威力を備える予定だったが、あまりにも世界規模に破壊力が大きくなってしまうことをおそれ、58メガトン以上の威力をもたせないということで話がまとまった。爆発の衝撃波は地球を3周し、地球上の誰もがこの核爆弾の威力を感じた。この実験の後、100か国以上の国が、大気圏、水中、地上でこのような作戦を行なわないよう、協定に署名した。

今日、人類は新世代の核兵器を有している。それらは、より小さく、標的を定め、機動性に富んでいる。そして、かつての原爆がそうであったように、人為的に世界の終末をもたらしてしまう可能性をもっている。

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