李春姫氏は1943年、北朝鮮東部、江原道(カンウォンどう)通川郡(トンチョンぐん)の貧しい家庭に生まれた。しかしその貧しい農民出身であることが、北朝鮮ではむしろ政治的に信頼される点となったため、李氏は北朝鮮の社会で比較的容易に地位を上げることができた。平壌演劇映画大学俳優科を優秀な成績で卒業したのち、その才能を見出され、朝鮮中央テレビで仕事を始めることになった。
李氏はそのよく通る声や印象的な雰囲気、そして卓越した表現手法のおかげで北朝鮮当局から評価されることとなる。テレビ放送での李氏の語調は、ニュースのテーマによって瞬時に変わる。北朝鮮の指導者について伝えるときは感動し声を震わせながら、そして人民の敵――日本、韓国あるいは西側諸国――について伝えるときは厳しく威圧的な声で話す。
李氏はアナウンサーとして38年間働き、朝鮮中央テレビの上層部でも地位を得ている。2012年1月に一旦アナウンサーを辞職したが、その後も後進の育成にあたる一方で、ミサイルや核兵器の実験といった重要な報道を伝えるためにテレビ放送に出演し続けている。
テレビ放送における李氏の風貌は、北朝鮮の視聴者にとっての母親のイメージである。金日成(キム・イルソン)国家主席や金正日(キム・ジョンイル)国防委員長の夫人たちでさえ、公の場に姿を現すことは許されなかったが、李春姫氏は例外である。李氏は北朝鮮で重要人物の地位に登り詰めただけでなく、北朝鮮女性の普遍的なイメージを創り出すことにも成功したのである。