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ハーヴェイ・ワインスタインはつい最近まで、会社「ミラマックス」と「ウェンステイン」の創立者として、億万長者として(2015年、フォーブス誌は彼のビジネスを時価1億3千万ドルと見積もった)、オスカー及び英国映画テレビ芸術アカデミー受賞者として、映画界の歴史に残るチャンスがあった。彼は「セックスと嘘とビデオテープ」「イングリッシュ・ペイシェント」「パルプ・フィクション」「恋するシェイクスピア」「英国王のスピーチ」といった作品作りにかかわってきた。またワインスタインは、バラク・オバマとヒラリー・クリントンの大統領選にあたって選挙活動のスポンサーとして、ハリウッドの外でも有名だ。現在彼は、仕事も妻も評判も失った。
スキャンダルに火がついたのは先週のことだ。ニューヨーク・タイムズが、女優アシュレイ・ジャッドのインタビューを掲載した。その中で彼女は、ワインスタインにセクハラを受けたことを告白していた。ワインスタインは女性らにマッサージをするよう強要し、自分の裸を見るように迫った。それと引き換えにワインスタインはキャリアアップを約束したという。
その後、次々と、有名女優を含む女性たちが証言し始めた。彼女たちは、ワインスタインから性的な提案があったことを明かした。
グウィネス・パルトロー
彼女は22歳だった。ワインスタインは、パルトローがジェーン・オースティンの小説を映画化した「Emma エマ」に出演するよう取り計らった。彼女によれば、撮影が始まる前、ワインスタインは彼女をホテルの部屋に呼んだ。ワインスタインはパルトローに、寝室に入って彼にマッサージをするように言った。パルトローは提案を拒否して、ブラッド・ピットに相談したものの、その出来事については口外しなかった。
アンジョリーナ・ジョリー
「若い頃、ワインスタインのことで、とてもマイナスなことがあった。それのせいで私は決して彼と一緒に仕事をしないと決めたし、もし他の人が彼と働くなら、私は前もってそのことを予告する」ジョリーは、ワインスタインからの申し出を拒否したと明かし、彼の「女性に対する振る舞いは到底受け入れられるものではない」と強調した。
カーラ・デルヴィーニュ
デルヴィーニュによれば、ワインスタインは彼女の性的指向を知ろうとしたという。その後、ワインスタインはデルヴィーヌをホテルに呼び、そこで別の女性にキスするように提案した。「その言葉の後、その女性は私の方に近づいてきた。私は飛び去って、こう聞いたわ、私が歌えるって知ってるかどうかを。そして私は歌い始めた。そうすることで、状況を変えられるんじゃないかと思ったの」と、デルヴィーニュは言う。デルヴィーニュによれば、部屋から出ようとした時、ワインスタインは行く手を遮って彼女にキスしようとしたが、デルヴィーニュはなんとか逃げることができた。
四人の女優(その中にはミラ・ソルヴィノやロザンナ・アークエットもいる)が、ワインスタインの提案を断った後に、参加予定だったプロジェクトから外されたという疑念について話している。イタリアの女優で映画監督でもあるアーシア・アルジェントは、ワインスタインにオーラル・セックスを強要されたとはっきり述べている。
ジョージ・クルーニー、メリル・ストリープ、ベン・アフレック、マイケル・キートン、マーク・ラファロといった、仕事仲間や友人も、ワインスタインの批判をし始めた。
しかし、ワインスタインの側につく人もいる。
リンジー・ローハン
「彼のことが心配だ。起きていることは、正しくない。何本かの映画で一緒に働いたけれど、彼は何も私に対して悪いことはしなかった」
デザイナーのダナ・キャランも、ワインスタインを守る姿勢を見せている。コメントを求められて、彼女は、女性に対するみっともない振る舞いは、世界中どこであっても暴露・糾弾されるべきものだと話した。しかし、彼女の意見によれば、多くの女性が、自身のセクシーな外見によって、自ら、付きまとってくるように仕向けているという。「どうやって子供をしつけるか、何を着て、どうやって振る舞えばよいか、考えなければいけない」
ワインスタイン本人は、メディアに現れた情報によれば、性依存性の治療のセラピーのためにヨーロッパへと旅立ったようだ。
男性を煽動するように仕向けているとされる女性に非があるかどうか?という論争について社会の中で意見が割れるのは、これが初めてではない。
また、日本ではジャーナリストの女性が、元TBSのジャーナリストに性的暴行を受けたとして実名と顔を出し記者会見を行い、注目を集めた。しかし東京第6検察審査会は、9月21日付けで、慎重に審査したが不起訴を覆すに足りる事由がないとして「不起訴相当」と議決した。
なお、性的被害にあった女性が泣き寝入りせず、自分の受けた被害について語る運動「私は語ることを恐れない」も広まっている。昨年ウクライナ人の社会活動家アナスタシヤ・メリニチェンコさんが提唱したもので、ロシアにも広がりを見せている。