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10月に55歳の誕生日を迎えたホロストフスキー氏は、2015年に脳腫瘍が見つかりコンサート活動を中断したあと、2カ月間の治療を経て舞台に復帰した。
重い病から不死鳥のように2度も蘇り、舞台復帰を果たしていたホロストフスキー氏の姿と声は、聴衆の驚嘆を呼び、完治の期待を抱かせていた。それだけに突然の訃報にSNS上では動揺と深い悲しみが広がっている。ホロストフスキー氏の家族はFacebook上に「彼の声の温かさと彼の魂がいつも私たちとともにあってくれますように」と記した。
ロシア文化省はホロストフスキー氏の死去を「非常に大きな喪失」として、哀悼の意を表している。
ホロストフスキー氏はロンドンのコヴェント・ガーデン、バイエルン国立歌劇場、ベルリン国立歌劇場、ミラノのスカラ座、ウィーン国立歌劇場、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場などで活躍した。ロッシーニ作曲の『セビリアの理髪師』、ヴェルディ作曲の『椿姫』、チャイコフスキー作曲の『イオランタ』での役、さらに多くのロマンス(芸術歌曲)や戦時中の流行歌をレパートリーとしていた。