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ロシアは他民族国家、つまり多言語国家です。言語学者は150の言語があるとみています。 この中には、全国民が話すロシア語をはじめ、シベリアの民族のエネツ人や全人口450人のイジョラ人のような少数民族の言語も同等に含まれています。 彼らが自身の言語で話すことや文字を持つことはなんら問題ではありません。
国の人口の80%(約1億1500万人)をロシア人が占める一方で、国内には様々な民族も存在しており、その数は全部で160以上にものぼります。
例えばダゲスタン共和国やカラチャイ・チェルケス共和国、モルドヴィア共和国といった地域では、ロシア語の他にいくつかの民族の言語があります。ダゲスタン共和国では、独自の言語を持つ民族の数は40もあります。とはいえ文字を有している言語はわずか一部で、今日にまで残るほとんどが文字をもたない音声言語です。
またモルドヴィア共和国では、通りの名前や書類、さらには博物館の表札さえも、ロシア語とモクシャ語、エルジャ語の3つの言語で表示されています。(モクシャ人とエルジャ人は、ロシア人と一緒にモルドヴィア共和国に住む人々)
小中高等学校の11年間の教育期間でロシア語が学ばれます。卒業証明書を取得するためには、卒業試験である統一国家試験に合格しなければなりません 。各共和国の初等・中等教育では、その共和国の国家言語を学ぶことができます。
文字言語の標準は統一されていますが、話し言葉は各地によってアクセントや方言といったわずかな違いがありますただしこうした違いがあることで、世代間や、たとえ5千~6千キロ離れた地域の住民間のコミュニケーションで問題が起こることはありません。ロシアの他の地域の人とコミュニケーションをとる時に起こるのはせいぜい、あることを表現するのに、別の土地では思いがけない単語が使われてびっくりするということくらいです。
たとえば、モスクワ州に近いブリャンスク市では、有名なロシアのボルシチは「しわ」と呼ばれています。そしてロシア南部には、ロシアの他の地域の住民にはボルシチだと思われない「緑のボルシチ」があり、「緑のスープ」または「スイバのスープ」と呼ばれています。
地域スラングはさらに多様性を誇っています。ウラジオストクでは、地元の人は、「あなたとカニを握る」と言いますが、「カニを握る」とは「手を握る(握手する)」という意味です。また、イルクーツクには、ロシアのヨーロッパ地域の住民にとって馴染みの少ない言葉も多く、例えば、戦後に使われるようになった罵り言葉として、「日本の神」というのがあり、何かうまくいかない時に使われます。現在、方言を使う人は、主に地方の農村や村の高齢者です。都市部の市民の会話はロシア中どこへ行っても大して変わりはありません。
サンクトペテルブルグの建設の際、ピョートル1世はさまざまな技術分野の多くの専門家や管理職、ロシア各地や海外の商人を動員しました。後に彼らの中から首都の知識階層が形成されていき、次第にサンクトペテルブルク市民の会話は、標準的な口語的な様式ではなく、文学的・形式的で文語的な様式となっていったのです。
モスクワの上流階級は、基本的に改革と革新に抵抗し、よりスムーズな進化をよしとしました。モスクワとサンクトペテルブルクのどちらのバージョンも正しく、地域や住居地に関係なく、ロシア語を母語とする人ならみんな理解することができます。モスクワ出身者もとサンクトペテルブルグの人も土地の言語の伝統をかたくなに守っているので、言葉の使いようを耳にすれば、その人がどの都市の出身であるかは瞭然です。
ロシアの文豪らは方言や地域独特の表現を積極的に用いい、作品に色合いを出しました。ロシアの文豪であるニコライ・ゴーゴリやマクシム・ゴーリキー、1965年にノーベル文学賞を受賞したミハイル・ショーロホフらの作品にこうした手法が顕著にみられます。