人生最悪の夜
2000年9月、マルティノワさん(当時14歳)は友人のエレナ・サモヒナさん(当時 17歳)とリャザン市(モスクワから南東約200キロ)のディスコに向かった。
そんな少女らにビクトル・モホフ(50)が近づいた。モホフは、彼女たちに車でディスコに送ると申し出、睡眠薬を入れたアルコールを飲ませた。そしてリャザンの隣町であるスコピン市の地下壕に閉じ込め、彼女らに4年近く性的虐待を加えた。
モホフのセカンドハウスの車庫には、同受刑囚が作った地下壕があった。そこには二段ベッド、電磁調理器、テーブルに数脚の椅子など、生活するための様々なアイテムが揃っていた。彼女らが「お行儀よく」していれば、同受刑囚は本を与えた。
モホフはマルティノワさんらに強制的に性行為を行なった。サモヒナさんは、3度も妊娠した。サモヒナさんが出産したので、同受刑囚は彼女に産科の教科書を渡した。モホフは赤ん坊を見知らぬ家の玄関先に置き去りにした。地下壕で生まれた子どもたちのうち、2人の男の子は今、養子となって他の家族にもらわれている。もう1人は死産だった。
「ヴィクトルは叔父さんじゃない」
地下壕に閉じ込められて3年後、マルティノワさんたちはついに諦め、抵抗することをやめた。そうすると、モホフ受刑囚は彼女らを一人ずつ散歩に連れ出すようになった。ある日、マルティノワさんを地下壕から連れ出したモホフは自分の姪っ子を演じるように命じた。
そこでわかったのは、モホフの家にはもうひとり、別の少女が引越してきていたことだった。この若い女子学生はモホフの家で1部屋だけを借りて下宿していた。モホフは、マルティノワさんの助けを借りてその女子学生を誘拐しようと計画していた。マルティノワさんがモホフに気づかれないように女子学生に警告したおかげで、女子学生はモホフの勧める睡眠薬入りのアルコールを断った。その後、女子学生は自分の所持品の中にマルティノワさんが書いたメモを発見した。
そのメモにはこう書いてあった。
「ヴィクトルは私の叔父ではありません。2000年9月から、彼は私たちを地下壕に閉じ込めている。彼はあなたと私たちを殺すかもしれない。このメモを持って警察に行って。」
女子学生はすぐに警察に行った。
ロシア・トゥデイによると、通報を受けて駆け付けた警察は、モホフの敷地を捜索したが、地下壕への入り口を見つけることができなかった。しかし、モホフが自分から証言したことで、マルティノワさんたちは2004年5月4日に救出された。彼女らが地下で過ごした時間は、計3年7ヶ月4日15時間の及んだ。
裁判の末、モホフ受刑囚が受けた実刑は懲役17年。犠牲となる少女らを探すことに協力したエレナ・バドゥキナ受刑囚には幇助行為に対して懲役5年半の判決が下された。
「暗闇だと硬直してしまう」
判決を聞いたマルティノワさんは当時、17年というのはとても長い期間だと感じていたが、モホフ受刑囚の釈放まで1年を切った今、その思いを改めた。
Почти 20 лет назад 14-летнюю Екатерину Мартынову и 17-летнюю Елену Самохину схватил и запер в бункере маньяк. Более трёх лет девушки подвергались сексуальному насилию. Екатерина рассказала RT, как сложилась её жизнь после спасения https://t.co/0jX9RiptLa pic.twitter.com/K5ooPw0bqj
— RT на русском (@RT_russian) May 4, 2020
マルティノワさんはインタビューで「この長さでは足りないと、今になって実感しています。釈放まで1年を切りました。人の死を願うことは罪だとわかっているけれど、私はどうしてもモホフ受刑囚を自由の身にして欲しくありません」と語った。
「モホフがこの間に罪を悔い改めたり、単に悪いことをしたと思っているとはとても思えないのです。判決を聞いたあの人間は(誰も殺していないのにずい分長い刑期じゃないか)といわんばかりに非常に驚いていました。5年くらいの懲役で釈放してもらえると思っていたにちがいありません。」
マルティノワさんは、服役中のモホフから2017年、手紙を受け取った。モホフは手紙でマルティノワさんが嘘をついていると非難しており、出所したら「本当はどうだったか」を話すつもりだと書いていた。
同局のインタビューによると、マルティノワさんが耐えなければならなかった全ての出来事の後、彼女が通常の生活に戻るために助けてくれたのは母親と妹だった。マルティノワさんは監禁後、誰かとコミュニケーションを取ることに苦しんでいたが、閉じ込められている段階からモホフ受刑囚のような人間はほんの一握りだと自分に言い聞かせていた。
マルティノワさんは自身のトラウマをこう語っている。
「あの体験から今、私には嫌な感覚だけが残りました。夜、厚いカーテンをしめて電気を消すと、外の街灯の明かりが何も見えないでしょう。でも私は明かりをつけっぱなしにしていて、カーテンを開いたままにしているんです。完全な暗闇だと硬直してしまうから。地下壕の中もこんな暗闇でした。」
マルティノワさんは現在結婚しており、2人の子どもがいる。インタビューで彼女は今、普通の生活を送っている点を強調した。マルティノワさんはサモヒナさんの様子を知りたいと思いながらも、彼女と連絡をとっていない。
「私が知る限りでは、あの後レーナ(サモヒナさん)は結婚して、その後離婚して、今は彼氏と同棲しているみたいです。うまくいっていて、式を挙げるみたいです。でも子どもを産むつもりなのかどうかは知りません。知り合いによると、レーナは幸せそうで、きれいになって、英語を教えているそうです」
「私よりもレーナの方が苦しかったと思います。彼女は一生残る心の傷を抱え、どうしたらいいのかわかりませんでした。だって、あんなひどい人間から子どもを3人も産まされたんですよ。なにがあってもあの子たちはレーナの産んだ子で、しかも子たちには罪はありません。だから私はレーナが黙り、記者との対談を断る理由も理解できます」