近年、脳と外部装置を直結する技術「ブレイン-マシン インターフェース」(BMI)の開発が盛んになっており、日本の文部科学省も『文部科学白書』でその重要性を取り上げている。ニューロコミュニケーターもそのようなBMIの一種であり、頭皮上で計測できる脳活動である「脳波」のリアルタイム解読によってユーザーの意思を伝達させることができる。脳波自体はすでに80年以上前に発見されていたが、脳波計は長らく病院の中でしか使われない医療機器か脳研究者の実験のツールに過ぎなかった。それがBMIというアイデアと、エレクトロニクスや人工知能技術の進化が結びついたことで、家庭内でも使うことができる福祉機器として活躍の場を広げようとしている。
スプートニク:ニューロコミュニケーターの開発目的は話す能力のない人に自分の思うことを伝える手段を提供するということなのでしょうか。
長谷川博士:「話す能力のない人」にもいろいろ原因がありますが、ニューロコミュニケーターは運動機能が非常に低下することによって頭の中には明確にメッセージがあるのに、それを話したり書いたりして伝えることができない方々の意思伝達に役立てるために開発を始めました。主にALS(筋萎縮性側索硬化症)などの進行性の神経難病の方が対象となります。脳卒中や頭部・頸椎の外傷の患者さんのなかも、運動機能が重度に障害されて意思伝達が困難な方もおられます。このような患者さんは、日常生活動作だけでなく、家族や介護者、医療関係者とのコミュニケーションもできないために、「生活の質」が極めて低下している状態にあります。しかし、既存の福祉機器は身体のどこかでスイッチを押せる力が残っている患者しか使うことができません。ニューロコミュニケーターはそのような力も残っていない最重度の患者さんでも、周囲の人々に気持ちを伝えたり、社会活動に参加したりすることができることを目指して開発を開始しました。
スプートニク:ニューロコミュニケーターの動作原理は、頭のなかで考えている言葉のひとつひとつが脳波に変換されると理解していいのでしょうか?
スプートニク:そうすると、人の思いを「読む」ことが出来るようになるのでしょうか。また、ニューロコミュニケーターを使用してペットの考えも理解することが出来るようになりますか。
長谷川博士:半分イエスで半分ノーです。ニューロコミュニケーターは、あくまで装置をかぶったユーザーが、限られた選択肢の中からどれか一つを積極的に選びたいと思った時にしか、それを外部に伝えることはできません。BMI技術の悪用例として他人の考えを勝手に読み取るようなイメージがありますが、少なくともニューロコミュニケーターに限ってはそういうことはできません。それはペットに関しても同じことです。この装置をペットに使うためには、まず飼い主がそのペットのことを良く知っていて、よくある幾つかの行動パターンを選んでそれらをイラストや写真としてパソコン画面に提示できるように準備をする必要があります。例えば、犬を飼っている場合であれば、①エサ、②水、③トイレ、④ブラッシング、⑤ボール、⑥散歩、⑦テレビ、⑧ベッド(寝床)、などの絵カードを作ってください。それらを紙芝居のようにパソコン画面に順番に提示した時に、その犬が興味のある絵カードを見た時に事象関連電位が強く反応するので、その犬の要望がわかります。このように、選択肢を限るのであれば「イエス」です。ただし、健常者ならぬ健常犬であれば、わざわざニューロコミュニケーター(脳波計)をつけなくても興味のある絵カードが出た時に「ワン!」と鳴くように訓練する方がお互い楽でしょう(笑)。
スプートニク: ニューロコミュニケーターにはまだ改善すべき弱点はありますか?
スプートニク:ニューロコミュニケーターのテクノロジーは実際に利用されていますか? いつ頃から導入される見込みですか?
長谷川博士:しばらく前に倫理審査の基準が厳しくなって以来、この2~3年、患者さんを対象とした実証実験が中断されていました。その間も、健常者を対象とした実験は進めており、数々の改良がなされています。特に、先ほどお話ししましたbスポーツに関しては、すでに100人以上の人々に体験してもらっています。また、最近になって医療機関(地元の筑波大学付属病院)が開発チームに加わってくれることになり、今年度からより安全な体制のもとで実験を復活する予定となっていました。にもかかわらず、新型コロナウイルスの影響で、また計画が遅れています。感性防止第一なので、焦りは禁物ですが、いずれは実験も再開されると思います。その間、製品化に興味を持ってくれる企業さんも見つけておけるように成果アピールに関しても頑張りたいと思っています。
2012年、米国ブラウン大学の研究者らは、麻痺の残る人の脳に電極のインプラントを行い、BMIによってサイバネティックマニピュレータを操作することができたと報告している。このような「侵襲型」のBMI技術も次世代医療技術の候補ではあるが、感染症や後遺症のリスクのある脳神経外科手術を伴う技術である。そのため、この技術を必要とする潜在的な「利用者」の範囲を著しく制限する。一方、長谷川博士のグループが開発を進めるニューロコミュニケーターは、身体にはるかに優しい「非侵襲型」のBMI技術であることから、よりたくさんの患者たちに受け入れられると期待できる。