ソ連の機械工学中央研究所のユーリー・モジョリンヌイ所長が1967年に署名した文書には、「月面基地の重量は8トン、滞在時間は最大で20日間。宇宙飛行士の数は3人」と記されている。
🛰50年前、ソ連の月探査機「ルナ16号」は世界で初めて、月の表面から採取したサンプルを地球に持ち帰りました🌘 pic.twitter.com/QM0VoRgj69
— 駐日ロシア連邦大使館 (@RusEmbassyJ) September 24, 2020
その文書によると、ソ連初の月面基地では、月の環境下で様々な実験を実施、月面での将来的な長期間滞在の可能性についての研究、さらに他の月面基地の状況を把握するミッションが求められていた。
また文書から、月面基地建造に向けた最初の打ち上げは1973年に予定されていたことがわかった。しかし、この計画が実行に移されることはなかった。1969〜1972年にかけて、バイコヌール宇宙基地から発射されたN-1ロケットの打ち上げ4回全てが失敗におわり、ソ連の有人月面着陸計画が中止されたためだ。
2019年、ロスコスモスのドミトリー・ロゴジン社長が月面基地の建設に向けて中国に協力を申し出たことが明らかになった。ロゴジン氏は2020年8月、月面基地の外形や目的を明確にするため今秋に交渉を開始すると発表した。