もっとも強く抗議する現代アーティスト
バンクシーは政府が口を噤んでいる問題に目を向けさせることにより、常に体制や当たり前の世界を嘲笑している。バンクシーは、地球温暖化、英国の欧州連合離脱、スノーデン事件、新型コロナウイルス、黒人差別問題など、現代社会のすべての深刻な問題に反応しており、その作品はすべての人の心に訴えかける。抽象画を思わせる奇怪さ以外の意味などあるのか分からないような作品を作る他の現代芸術家と異なり、バンクシーの作品はすべての人々が理解できるものである。
一方で、バンクシーの作品の発表の方法は、過激で、ときに法に反することもある。2005年まで、バンクシーは自身の作品を、ロンドン、パリ、ニューヨークなどの主要な美術館のコレクションに加えていたが、2007年にグラストンベリー・フェスティヴァルで、仮設トイレを使用してストーンヘンジを模したインスタレーション作品を発表した。
その後、ディズニーランドの敷地内に、グアンタナモ収容所の囚人を模した人形を展示し、またロサンゼルスの展覧会では全身を鮮やかな色にスプレーペイントしたインド象を発表し、グラストンベリーでゴミ箱のストーンヘンジを作成し、そしてイスラエルとパレスチナの境界に「ウォールド・オフ・ホテル」(壁で遮断されたホテル)を作り上げた。
バンクシーの作品の集大成とも言えるのが、「ディズマランド」である。ブリストル近郊に作られたディズニーランドを陰鬱にした悪魔のテーマパークで、ミッキーマウスや楽しいアトラクションの代わりに、難民を乗せた船や、沼に向かって進むパトカーのジェットコースター、それにひっくり返った「ダイアナ妃の馬車」などが設置されている。
ときに、バンクシーの作品だけでなく、バンクシーに関わるイベントも周囲の人々にショックを与える本物のショーとなる。バンクシーの作品「赤い風船に手を伸ばす少女」は、サザビーズのオークションで、104万2,000ポンド(およそ140万ドル=およそ1億4,660万円))で落札されたが、その直後に、額の中のシュレッダーで切り刻まれた。のちに明らかになったところでは、シュレッダーは12年以上前に仕組んだものだったとのこと。作品の真ん中あたりでシュレッダーが止まり、下半分が裁断された状態で、作品は「赤い風船に手を伸ばす少女」からアートオブジェ「愛はごみ箱の中に」に姿を変え、ほぼ2倍の高値がついた。自身のインスタグラムで、バンクシーは、シュレッダーはフレームの中に故意に仕掛けたとし、オークションの様子を映した動画のポストには、「いかなる創造活動も、はじめは破壊活動からはじまる」というピカソの言葉を引用している。
今年春の自主隔離中に、バンクシーはインスタグラムで、皆に家にいるよう呼びかけるいくつかの作品を発表した。描かれたのは、バンクシーのアートを象徴するネズミである。
2020年10月21日にオークションで落札された「ショー・ミー・ザ・モネ」は、フランスの印象派画家クロード・モネの「睡蓮の池」をモチーフにしている。バンクシーはこの絵の中の池に、ショッピングカート2台と道路用の円すい形の標識を浮かべた。
「マスクをせよ、さらば与えられん」
バンクシーは2000年台初めから知られるようになり、新たな作品を発表するたびに、さらに有名になっていった。そしてベルリン国際映画祭で初監督作品「イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ」を発表したあと、バンクシーの名はより広く話題に上るようになった。古着屋を主人公にしたこの映画は、2011年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた。
この覆面芸術家の正体を明かそうとファンやジャーナリストらがさまざまに調査し、いくつもの理論を立てたが、数十年ものあいだ、彼は正体不明であり続けている。自身の映画の初公開のときでさえ、バンクシーはレッドカーペットの上を歩きながらも、匿名を貫いた。猿のマスクをつけ、黒いパーカーを着ているのが誰なのかについての信頼できる情報は未だにない。バンクシーは実はミュージシャンでグラフィティアーティストで、バンド「マッシブ・アタック」のメンバーであるロバート・デル・ナジャであるとも、あるいは英国の漫画家で、バンド「ゴリラズ」のキャラクターデザインを描いたジェイミー・ヒューレットであるとも言われている。一方で、バンクシーというのは、複数のアーティストによる集団ではないかという説もある。この説を唱えるカナダのメディアアーティスト、クリス・ヒリは、バンクシーは女性をリーダーとする7人のメンバーで構成されるグループだとの見方を示す。バンクシーは「男性」ではなく、「女性」であるという見解は、作品に登場するのが少女や女性であることが多いという事実によっても説明されている。男性のグラフィティアーティストが女性を描くというのは珍しいことだからだ。
11年にわたって、バンクシーのエージェントとして働いたスティーブ・ラザリデスは、匿名であることにより、バンクシーの安全が保障され、表現の自由が確保されると述べている。「匿名でいることを、自身の名を売るためのやり方だと思っている人がいるようですが、あくまで意図的にそうなったわけではありません。彼の場合、この匿名性は、どちらかといえば、宣伝というより、自己を守るための手段なのです」。
しかし、正体不明であることがあだになることもある。2020年9月、自身の有名な作品「花束を投げる人」の登録商標が無効になったのである。この作品は2005年にエルサレムで初めて発表されたもので、顔を覆い、火炎瓶の代わりに花束を投げているデモの参加者が描かれている。のちにバンクシーは、この作品をさまざまな形で何度も描いている。2014年、バンクシーはこの「花束を投げる人」をEU領内で商標登録したが、のちにこの決定は取り消された。「バンクシーは正体不明のまま、ほとんどの場合、キャンバスや自分の所有物ではなく、他人の所有物に彼らの許可なくグラフィティを描くのを好んでいるのです」。
禁じられた芸術か、落書きか?
バンクシーの作品は予想もつかない場所で、予想もつかない形で現れる。しかし、一貫して彼の主なキャンバスとなっているのは街の壁である。ストリート・アートは、世界のどこでも「落書き」と見なされるもので、これは犯罪であり、法で裁かれるものである。バンクシーの故郷とされるイギリスでは、被害が5,000ポンドを超えるグラフィティに対しては最大10年の自由の剥奪または多額の罰金が課せられる。
しかし、これに関して、バンクシーは独自の見解を持っており、「グラフィティは人々を怖がらせ、社会の衰退の現れだと言われていますが、グラフィティを危険だと考えるのは、警察、広告業界の人間、そしてグラフィティを描く人、この3種類の人だけです」と述べている。バンクシーの多くの作品は地区政府や他のグラフィティアーティストによって塗りつぶされている。たとえば、ロンドンの地下鉄に描かれたネズミの絵は、描かれた直後に、地下鉄の治安機関によって消された。
またバンクシーは著書「ウォール・アンド・ピース」の中で、「ある人は、世の中をよりよくするために警察官になり、ある人は世の中がよりよく見えるように略奪者になる」と書いている。
大成功した不良
社会のルールに対する批判から始まったバンクシーの活動は、結果的に彼に栄光と財産をもたらした。アンジェリーナ・ジョリー、ブラット・ピット、ケイト・モス、ジュード・ロー、クリスティーナ・アギレラなどの有名人が彼の作品を積極的に購入している。またそれほど有名でない個人コレクションとなっている作品も多い。2008年、バンクシーが描いたダミアン・ハーストの作品のパロディ「キープ・イット・スポットレス」はニューヨークのオークションで187万ドル(およそ1億9,970万円)で落札された。
オークションでのバンクシー作品の最高落札額は1,220万ドル(およそ13億300万円)。2019年10月のオークションで競り落とされたもので、議場に座っているチンパンジーたちを描いた、英国議会を嘲笑する油絵である。ただし、バンクシーはこの作品を2011年に手放しており、すでにバンクシーの所有物ではなかった。通常、バンクシーは作品の販売状況を自身のサイトと公式代理人を通じて管理している。
印象派の巨匠・モネの作品をパロディーにした #バンクシー の絵画「Show me the Monet」が約10億円で落札されたニュースが話題になりました。
— Sputnik 日本 (@sputnik_jp) October 23, 2020
読者の皆さんは、バンクシーとその作品について、どう評価していますか?
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