エルモロフさんはもともと俳優として活動していたが、2018年に自費で撮った短編映画が注目され、今回の作品で長編映画の監督としてデビューした。エルモロフさんは企画・脚本ができあがった段階で監督として招聘されたが、これまであらゆるジャンルの映画を数え切れないほど見てきたので、どんな主題でも、戸惑うことはなかった。実はロシアはアマチュア相撲の強豪国。世界チャンピオンに映画のコンサルタントになってもらい、ロシア代表の練習を見学するなど、大至急研究を始めた。
「相撲については、裸の男性がぶつかり合う原始的なスポーツというステレオタイプがあっただけで、何も知りませんでした。相撲は知れば知るほど奥深い世界で、ひとつの大きな哲学だとわかりました。欲を言えばきりがないですが、もっと学びを極めれば、相撲のシーンがもっとよく撮れたのではないか、と今でも思っています。」
東京ロケ中止で脚本変更
この映画は現実社会を反映している。ほぼ撮影が終わり、あとは東京ロケを残すのみ、となった段階でコロナが蔓延してしまった。ビーチャを演じた男の子は成長期で、コロナ禍の間に背が伸び、顔つきも変わってきたので、とにかく映画を早く完成させなければならなかった。
「主人公が日本へ行ったことにしてモスクワでそのシーンを撮ることも考えましたが、セットだと安っぽく見えるし、本物じゃない。そこでプロデューサーに、今の状況を反映して、コロナのせいで主人公が日本に行けないというストーリーに変えるよう提案しました。最初は抵抗がありましたが、その方向で落ち着きました。」
結果として、コロナを反映したリアルなストーリー展開は観客にポジティブに受けとめられた。5月にウリヤノフスクで行なわれたファミリー映画祭では、開幕作品に選ばれた。
「脚本は変わっても映画で伝えたかったことは残せたと思います。自分の夢を信じて、それに向かって進むこと、そうすれば周囲や環境など色々なものが助けてくれて、望んだものを手に入れられるということです。結末の候補は色々ありましたが、もちろんハッピーエンドです。」
父と子のストーリーに魅力
相撲映画という未知のジャンルの提案に賛成した理由はもうひとつあった。エルモロフさんは、父と子というテーマに常に心を動かされてきた。日本へ行ってしまった父を追う息子、というストーリーで本格的に監督デビューしたのは、偶然ではなく必然だったと考えている。
「俳優の仕事はたくさんありましたが、けして人気絶頂とは言えず、自分の内面の矛盾と戦わないといけませんでした。それに比べ初監督として自費で撮った映画がすぐ注目され、監督としてのキャリアわずか2年で、長編映画の依頼が来たことは、世界が自ずと進むべき道の答えをくれたんだと思っています。劇場を辞め、僕には持ち家も仕事も給料もありませんでした。経済的に安定している状態から抜け出すのは怖いですが、一歩を踏み出して場所を空けたら、そこには別の何かがやってくると信じています。」
映画にはロシアに拠点を置く日本人バレリーナ、柴山万里奈さんもゲスト出演している。日本での公開は未定だが「日露交流の機会やイベントなどで上映されたら嬉しい」と話している。