式典には、被爆者や遺族、長崎市の田上富久市長、菅義偉首相のほか、約60か国の代表らが参列した。
新型コロナウイルスの影響で、式典は2年連続で規模が縮小され、参列者は例年の1割のおよそ500人となった。
原爆が投下された午前11時2分、式典の参列者が黙祷をささげた。
共同通信によると、長崎市の田上市長は平和宣言で、日本政府に対し、核兵器禁止条約の第1回締約国会議にオブザーバー参加し、一日も早く署名・批准するよう求めた。
また、菅首相は「市民の皆様のなみなみならぬご努力により、長崎は焦土から立ち上がり、平和と文化を象徴する国際文化都市として、めざましい復興を遂げられた」と述べ、「唯一の戦争被爆国として『核兵器のない世界』の実現に向けた国際社会の努力を一歩ずつ、着実に前に進めていくことは、わが国の変わらぬ使命だ」と語った。
広島と長崎に投下された原爆は、一瞬のうちにして市街地を焼き払い、多くの命を奪った。1945年8月9日の原爆投下により長崎市の人口24万人うち7万4千人の命が奪われた。
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